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馬のストリートネイル手術

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馬のストリートネイル手術についてまとめてみます。あくまで概要解説ですので、詳細な手技については成書や論文を確認して下さい。

馬のストリートネイル手術(Street nail procedure)は、釘傷などによる感染性舟嚢炎の治療法になります。舟嚢のような滑膜組織では、その内腔に血管が無く、滑液を通して酸素や栄養を届けています。このため、もし釘傷によって雑菌が入ってしまうと、それを貪食する白血球も少数しか動員されないため、細菌性の滑液嚢炎(舟嚢炎)発症してしまいます。舟嚢に対しては、全身投与(筋注等)した抗生物質が届きにくい上に、重度の疼痛を伴って、罹患肢への荷重が困難となり、対側肢の負重性蹄葉炎で予後不良となる危険があります。

一般的に、馬の蹄叉に釘などの異物が刺さった際には、金属異物であれば刺さったままX線検査を行ない、もし、異物が除去されてしまった場合には、舟嚢の造影X線検査を実施します。そして、穿孔性異物が舟嚢内に達して滑膜汚染を生じたことが確認されたケースでは(下写真の左側)、穿孔部の消毒と抗生物質の全身投与、および、抗生物質の局所肢灌流療法が実施されます(下写真の右側)。しかし、このような保存療法では細菌感染を制御できないと判断された症例においては、外科的に排液路を形成して、舟嚢の洗浄と病巣掻把、抗生物質注入などを試みることになります。

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ストリートネイル手術は、強い疼痛を伴う術式であるため、立位での施術は困難で、全身麻酔下にて実施されます。手術前には、蹄底と蹄叉を削切して汚れを取り除き、蹄を温水に浸漬することで蹄叉を柔らかくしておきます(温水入りのバッグを蹄全体に巻くなど)。また、長時間作用性の局所麻酔薬(ブピバカイン等)で遠軸神経麻酔を施すことで、術中の麻酔維持を容易にすると共に、麻酔覚醒から術後にかけての重度疼痛を制御することが推奨されます。麻酔導入後は、横臥位に保定して(罹患肢を上にする)、管部に駆血帯を巻いて出血を制御しながら、蹄底と蹄叉を再度洗浄します。

その後、穿孔部の周囲3×3cmの蹄叉/蹄底を削切することで(メス刃または蹄刀を使用)、深屈腱の掌側面へとアプローチします(最上図B)。この間に、異物の迷入が確認されれば、それも摘出するようにします。そして、深屈腱を1.5×1.5cm大に切除することで、舟嚢への開窓術を実施します(最上図C)。もし、より背側への釘傷によって、不対靭帯を穿孔している場合には、この靭帯を開窓して、蹄関節も洗浄するようにします。一方、より掌側/底側への釘傷によって、腱鞘への穿孔を生じている場合には、超音波誘導または腱鞘鏡手術を介して、腱鞘内腔を洗浄する必要があります。

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舟嚢が開窓された後は、感染病変を掻把して、2~3L以上の生食で舟嚢内を十分に洗浄します(下写真の左)。ただ、深屈腱の開窓部は小さく、アプローチできる領域は限定的であるため、舟嚢内の感染が重度である場合には、近位側から舟嚢鏡を挿入して、ロンジュールやキュレットを用いて、感染した軟骨や滑膜を掻把することが推奨されます(上写真)。術後は、蹄全体をバンテージで巻いて、蹄保護用のブーツを履かせることで、敷料の糞尿がバンテージに染み込むのを予防します。

術後には、舟嚢の開窓部からの洗浄処置を、一日一回または二回実施して、抗生物質の注入およびバンテージ交換を実施します。もし、舟嚢の感染病態が重篤な症例では、全身麻酔下での舟嚢洗浄と病変掻把を、一週間おきに数回繰り返す必要があります。抗生物質および抗炎症剤の全身投与は、術後の二週間は続けると同時に、数日間隔で局所肢灌流を行なうことが推奨されます。なお、罹患肢への荷重痛が重篤で、殆ど負重していない場合には、半肢キャスト装着して負重を促しながら、その底部をくり抜いて、開窓部の処置を続ける手法もあります。

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術後の2~4週間で、舟嚢開窓部からの排膿や滲出液排出が治まった後は、数日の一回の洗浄処置を行ない、舟嚢の開窓箇所が肉芽形成で充填するのを促します。この段階に入ると、取り外しできる金属板/プラスチック板を着けたエッグバー蹄鉄(いわゆるホスピタル・プレート蹄鉄)を用いることで、バンテージ交換の手間と費用を抑えることが可能で、また、曳き馬運動を開始することも出来ます(上写真の右)。その後、堅固な蹄叉/蹄底組織の再生が起こって、開窓部が完全に塞がれば、通常の蹄鉄に戻すことが可能となります。

細菌性舟嚢炎の予後は中程度で、騎乗復帰できる割合は75~84%になるという報告[1,2]がある一方で、慢性の軽度跛行が持続して、放牧飼養しか出来なくなるケースも見られます。また、前肢よりも後肢における細菌性舟嚢炎のほうが、予後は良くなるという知見もあります[3]。舟嚢汚染の早期診断と、迅速な外科的療法を実施した場合には、予後が大きく改善することが知られていますが、舟状骨そのものの感染や、舟状骨と深屈腱の癒着を続発した馬においては、掌側指神経切除術による疼痛管理を要することもあります。

Photo courtesy of Equine Surgery: Jorg A Auer, John A Stick, Jan M Kümmerle, Timo Prange; 5th eds, 2019, Saunders (ISBN: 978-0-323-48420-6).

関連記事:
・舟状骨のX線では蹄尖挙上より後踏肢勢
・馬の蹄踵部のエコー検査
・馬の病気:舟状骨症候群

参考文献:
[1] Boys Smith SJ, Clegg PD, Hughes I, Singer ER. Complete and partial hoof wall resection for keratoma removal: post operative complications and final outcome in 26 horses (1994-2004). Equine Vet J. 2006 Mar;38(2):127-33.
[2] Suarez-Fuentes DG, Caston SS, Tatarniuk DM, Kersh KD, Ferrero NR. Outcome of horses undergoing navicular bursotomy for the treatment of contaminated or septic navicular bursitis: 19 cases (2002-2016). Equine Vet J. 2018 Mar;50(2):179-185.
[3] Kilcoyne I, Dechant JE, Kass PH, Spier SJ. Penetrating injuries to the frog (cuneus ungulae) and collateral sulci of the foot in equids: 63 cases (1998-2008). J Am Vet Med Assoc. 2011 Oct 15;239(8):1104-9.

参考動画:Equine Podiatry: Street Nail Procedure (Countryside Vets)
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このエントリーのタグ: 手術 跛行 蹄病

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