唾液検査による馬の疝痛の予後判定
話題 - 2022年11月15日 (火)

唾液液中に含まれるアルファアミラーゼ(sAA: Salivary alpha-amylase)は、心理的ストレスの指標とされていますが、全身の健康状態が悪化した場合にも増加することが知られています。
ここでは、馬のsAA測定値と急性腹症(疝痛)との関連性を調査した知見を紹介します。この研究では、スペインのエストレマドゥーラ大学の大動物病院において、急性腹症のため来院した疝痛馬33頭と、対照馬22頭における、唾液検査(sAAの濃度と活性値の測定)の結果および医療記録の解析が行なわれました。
参考文献:
Contreras-Aguilar MD, Martinez-Subiela S, Ceron JJ, Martin-Cuervo M, Tecles F, Escribano D. Salivary alpha-amylase activity and concentration in horses with acute abdominal disease: Association with outcome. Equine Vet J. 2019 Sep;51(5):569-574.
結果としては、疝痛馬のsAA活性値(30IU/L)は、対照馬のsAA活性値(4IU/L)よりも有意に上昇しており、また、疝痛馬のsAA濃度(388ng/mL)は、対照馬のsAA濃度(58ng/mL)よりも有意に高いことが分かりました。また、疝痛馬のうち、退院を果たした馬を短期生存と定義した場合、非生存馬のsAA活性値(479IU/L)は、生存馬のsAA活性値(19IU/L)よりも有意に上昇しており、その結果として、sAA活性値の上昇と生存率の低下が、有意に相関していたことも示されています。一方で、sAA濃度では、非生存馬と生存馬のあいだで有意差はありませんでした。

この研究では、疝痛の病態が重くなるにつれて、sAA活性値も上昇する傾向が認められました。具体的には、疝痛馬のsAA活性値と心拍数とのあいだに、中程度の正の相関が認められ(相関係数[r]=0.66)、また、sAA活性値と血中乳酸値とのあいだにも、中程度の正の相関がありました(r=0.57)。一方、疝痛馬のsAA活性値と敗血症スコアとのあいだには、弱い正の相関が見られました(r=0.43)。
このため、馬の唾液検査でsAA測定をすることで、疝痛の容態の悪さを評価するための、一つの目安になると共に、予後判定の指標としても有用であるという可能性が示唆されました。一般的に、急性腹症を起こした馬では、摂食制限や食欲低下により唾液生成量が減少するため、唾液中の酵素濃度/活性値に影響を与えることが推測されることから、今後の研究では、絶食させた健常馬の測定値と比較することが有用であると考えられました。
一方、疝痛馬の消化器病態が進行して、脱水症状に陥ることで、口内が乾燥したり、唾液成分に影響が出ることが予測されます。このため、疝痛馬におけるsAA活性の上昇は、消化器病態の重さよりも、全身的な水和状態の悪化を反映していたという可能性も否定できません。この研究では、唾液検査時における初期治療の内容は制御されていないため、自発飲水や補液の量によって、sAA濃度/活性値が変動したケースもあったと考えられ、今後の検討課題だと言えます。

さらに、この研究では、疝痛馬のsAA活性値と血中コルチゾル濃度(精神的ストレスの指標)とのあいだに、有意な正の相関が認められたことから(r=0.45)、sAA活性値の上昇は、単に、痛みや不安などによる、精神的ストレスの増加を反映していたことも考えられます。残念ながら、この研究では、疼痛スコアの評価や、鎮痛剤の投与状況は調査されていないため、今後の研究では、肉体的な病状と精神的なストレスのうち、どちらがより強くsAA変動に関わっていたかを検討する必要があると言えます。
この研究では、サンプル数が少ないため、疝痛の原因疾患ごとのsAA濃度/活性値の変動や、生存率との関連性は評価されていませんでした。また、比較対象となった22頭の対照馬は、すべて健常な個体であったことから、疝痛以外の疾患を持った馬におけるsAA濃度/活性値と比較する必要があると言えます。唾液検査は侵襲性が低く、クライアント自身で測定することも可能であるため、もし病態把握や予後判定に役立つのであれば、疝痛の早期診断ツールとして臨床的価値は高いと考えられます。
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