馬の屈曲試験での影響範囲
話題 - 2022年11月19日 (土)

馬の跛行検査における屈曲試験は、非侵襲性で簡易かつ、迅速、安価に実施できて、疼痛箇所を大まかに限局する手法として有用ですが、実際に、屈曲した影響がどの程度の範囲に及んでいるかは不明瞭です。ここでは、健常馬を用いて、遠位肢の屈曲試験と神経ブロックとの関連性を評価した知見を紹介します。
参考文献:
Kearney CM, van Weeren PR, Cornelissen BP, den Boon P, Brama PA. Which anatomical region determines a positive flexion test of the distal aspect of a forelimb in a nonlame horse? Equine Vet J. 2010 Sep;42(6):547-51.
この研究では、掌側指神経麻酔や遠軸神経麻酔を施すことで、球節(遠位肢)の屈曲試験による反応性(屈曲直後の跛行グレードの増加)に変化は無かったのに対して、低四点神経麻酔を施すことで、球節屈曲試験の反応性が大きく低下するという現象が認められました。同様に、高四点神経麻酔や尺骨神経麻酔においても、屈曲試験の反応性が有意に低下していましたが、その度合いは、低四点神経麻酔よりも少なくなっていました。

一般的に、遠軸神経麻酔は、繋ぎと蹄のほぼ全領域を無痛化するのに対して、低四点神経麻酔は、球節を含む遠位管部より下方をほぼ全て無痛化すると考えられています。このため、今回のデータから、球節の屈曲試験によって生じる影響は、繋ぎや蹄よりも、球節の関節組織のほうが大きいという考察がなされています。一方で、球節の関節麻酔、および、腱鞘麻酔の後における屈曲試験は評価されていないため、球節の関節包内外の構造物への影響の相違は不確定だと言えます。
この研究では、健常馬を用いた実験であるため、実際に疼痛性疾患があったときの反応性については評価されておらず、たとえば、球節と蹄関節の両方に関節炎を患った馬に屈曲試験をした場合、球節痛への影響のほうが大きいのか否かは不明でした。また、屈曲試験による歩様変化を明瞭に示すために、球節を250Nの負荷で曲げた状態を60秒間維持するというプロトコルになっており、通常の屈曲試験(約150Nの負荷、15秒または30秒維持)においても、同レベルの影響を生じるかは、今後の検討を要すると考察されています。

過去の研究(下記リンク)では、健常馬の蹄関節、冠関節、球節、舟嚢の診断麻酔を実施して、その前後における球節屈曲試験の影響を調査したところ、健常馬においては、球節のみが屈曲試験の影響を有意に受けることが示されています。ただ、実際の臨床症例においては、球節以外の滑膜組織(関節、腱鞘、滑液嚢)においても、滑液量の増量や滑膜炎を起こすことで、屈曲試験による関節内圧の上昇や滑膜緊張の増加を介して、跛行症状の一過性悪化を呈することが知られています。
なお、後肢の屈曲試験では、前肢と異なり、一箇所の屈曲試験を実施する際に、他の関節も同時に屈曲状態になってしまうという特徴があります(馬の後肢には相反装置があるため)。また、後肢の近位部の疼痛では、診断麻酔や画像診断が困難なケースもあるため、疼痛箇所を推定する時には、相対的に屈曲試験の重要性が高くなります。このため、後肢においても屈曲試験の影響する範囲を解明する研究が求められていると言えます。
Photo courtesy of Equine Vet J. 2010 Sep;42(6):547-51.
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参考文献:
Meijer, M.C., Busschers, E. and van Weeren, P.R. (2001) Which joint is most important for the positive outcome of a flexion test of the distal forelimb in a sound horse? Equine vet. Educ. 13, 319-323.