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馬の寄生疝における腹水NGAL濃度

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馬の腹水検査は、腹腔臓器の病態を反映することが多いため、疝痛などの消化器疾患の診断に応用されています。

一方、“NGAL”(エヌガル)とは、好中球ゼラチナーゼ結合性リポカリン(Neutrophil gelatinase-associated lipocalin)の略号で、腎臓前駆細胞の分化誘導因子として同定された蛋白質であり、急性腎不全において尿中および血中での濃度上昇を呈することから、腎疾患の早期診断に応用されています。そして、近年では、腎臓以外にも、好中球でも発現が見られることから、多様な疾患の早期診断の指標として、他の体液成分における濃度の有意性が注目されています。

ここでは、疝痛馬の腹水および血中のNGAL濃度の有用性について評価した知見を紹介します。この研究では、コペンハーゲン大学の獣医病院において、疝痛の診断や治療のために来院した270頭の馬における、腹水および血液中のNGAL濃度が測定されました。また、調査対象の疝痛馬は、単純性の食滞、絞扼性閉塞、炎症性の腸疾患、非絞扼性梗塞に分類され、対照馬(健常馬)と比較されています。

参考文献:
Winther MF, Haugaard SL, Pihl TH, Jacobsen S. Concentrations of neutrophil gelatinase-associated lipocalin are increased in serum and peritoneal fluid from horses with inflammatory abdominal disease and non-strangulating intestinal infarctions. Equine Vet J. 2022 May 31. doi: 10.1111/evj.13603. Online ahead of print.

結果としては、腹水中のNGAL濃度は、非絞扼性梗塞(2,163.0μg/L)の馬において、他の四群よりも有意に高濃度(他四群の測定値の約7~230倍)を示していました。また、炎症性腸疾患(314.1μg/L)においても、対照馬(9.5μg/L)、単純性食滞(13.0μg/L)、絞扼性閉塞(38.4μg/L)よりも有意に高濃度となっていました。一般的に、非絞扼性に梗塞症が起こる病因としては、寄生虫による血栓症や(いわゆる寄生疝)、難産処置を介した腸間膜血腫など、発症率は低いものの、術前の診断が難しい病態が多いと言えます。このため、非絞扼性梗塞において腹水NGAL濃度が特異的に上昇していたことは、寄生疝の鑑別診断などにおいて、この検査値が有用であることを示唆していると言えます。

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この研究では、血中のNGAL濃度は、対照馬(21.0μg/L)、単純性食滞(28.1μg/L)、絞扼性閉塞(34.7μg/L)と比較して、非絞扼性梗塞(308.0μg/L)および炎症性腸疾患(171.1μg/L)の馬において、有意に高濃度(他二群の測定値の約6~15倍)を示していました。このため、腹水中と血液中のNGAL濃度を比較することで、より信頼性の高い非絞扼性梗塞(寄生疝)の鑑別診断ができると推測されています。また、症例によっては、腹水の採取が困難な場合もあるため、炎症性の腸疾患(近位小腸炎や腹膜炎など)を、臨床所見や腹部エコー検査で除外することで、血中NGAL濃度によって寄生疝を推定診断できるケースもあると考えられます。

この研究では、腹水NGAL濃度の上昇が、非絞扼性梗塞では重度であるのに、絞扼性閉塞では軽度の留まる理由については、明確には結論付けられていません。潜在的要因としては、腸捻転などの絞扼性閉塞では、腸管が捻じれ始めた段階では血流減少のみで、捻じれの進行と腸壁の浮腫・肥厚によって、緩やかに虚血状態に達していくのに対して、寄生虫による血栓形成(寄生疝)などで梗塞が生じると、完全な血流遮断が急激に起こって、好中球の虚血性反応によるNGAL生成が一気に進むことが考えられます。

ヒト医療でのNGAL濃度は、急性腎不全において尿中や血中濃度が上昇することが知られており、その際に、腹水中のNGAL濃度も併行して上昇するかは分かっていません。このため、腹水中および血中のNGAL濃度が上昇していた馬では、血液検査や尿検査、腎臓のエコー検査等を介して、腎疾患を除外しておく必要があるのかもしれません。なお、馬の急性腎障害と、血中や尿中のNGAL濃度との関連性も、現時点では明らかにはされていません。

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このエントリーのタグ: 検査 疝痛 寄生虫

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