馬のPAAG治療での長期経過
話題 - 2022年11月22日 (火)

馬の跛行の原因としては、最も多いのが変性関節疾患であることが知られており、その治療法として注目されるのがPAAG関節注射法になります。
ここでは、馬の関節炎に対するPAAG治療法の長期経過を評価した知見を紹介します。この研究では、ドイツとデンマークの獣医大学病院において、2010~2014年にかけて、変性関節疾患の確定診断を受けて、PAAG関節注射(2mL、球節または手根関節)による治療が行なわれた43頭の馬における、治療後24ヶ月までの跛行検査が行なわれました。
参考文献:
Tnibar A, Schougaard H, Camitz L, Rasmussen J, Koene M, Jahn W, Markussen B. An international multi-centre prospective study on the efficacy of an intraarticular polyacrylamide hydrogel in horses with osteoarthritis: a 24 months follow-up. Acta Vet Scand. 2015 Apr 15;57(1):20.
“PAAG”(パーグ)とは、ポリアクリルアミドハイドロゲル(Polyacrylamide hydrogel: PAAG)の略語であり、非免疫原性の生体適合性ポリマーをゲル状にしたものになります。PAAGの生物適合性は軟部組織に相当し、ヒアルロン酸ゲルに類似した非微粒子均質ゲルでありながら、非分解性のため潤滑作用が長く持続するという特徴があります。組織学的評価を行なった研究では、脈管成長や分子水交換を介して軟部組織統合することで治療効果を示すことが分かってきています。

この研究では、PAAG治療後の1→3→6→12→24ヶ月における無跛行の馬の割合は、59%→69%→79%→81%→82.5%となっており、全ての時点で、治療前よりも有意な跛行グレードの改善が認められました。その結果、治療前と24ヶ月後で、跛行改善が見られる確率は六十倍近い(オッズ比=57.7)ことが分かりました。また、跛行グレードの減少は、PAAG注射から一ヶ月のあいだに集中しており、2ヶ月目以降は、跛行グレード無変化の馬が大多数となっていました。
このため、馬のPAAG関節注射は、関節炎に対する治療効果が期待され、その効果は二年間持続すると結論付けられています。今回の研究デザインでは、全頭が治療を受けていたため、PAAG注射が効いた度合いと、関節炎が自然治癒した度合いを比較できない、という限界点があります。今後の研究では、無作為割り当てのプラセボ対照群を置いて、PAAG注射の治療効果を評価する必要があると言えます。
この研究では、PAAG注射後における関節膨満の減少も確認されており、膨満と跛行グレードの減少度合いには有意な相関が見られました。しかし、関節液検査は実施されていないため、関節膨満の減少が、本当に滑膜炎の減退によるものなのかは不明であり、また、PAAG治療後における、X線画像上での関節炎の回復についても評価されていませんでした。

この研究では、治療前に軽度跛行(跛行グレードが1または2)であった馬が58%を占め、また、X線検査での関節炎所見が軽度であった馬も53%に達していました。つまり、過半数の症例は、軽い関節炎であったことを示しています。今後の研究では、他の治療法が奏功しなかった重度および進行性の関節炎において、PAAG注射でどの程度の治療効果が期待できるのかを評価する必要がありそうです(PAAG注射の費用は、通常の関節注射よりもまだ高価であるため)。
また、この研究では、副作用の発現が確認された馬はおらず、馬主の満足度(満足または非常に満足と回答した割合)は90%に達していました。しかし、残念ながら関節液検査や血液検査は実施されておらず、副作用が無いことを証明する臨床病理学的なエビデンスは示されていませんでした。
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