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馬の補液1:脱水症の診断

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馬の疝痛治療における補液療法(Fluid therapy)について。

体重500kgの馬体の総水分量は約300L(体重の60%)で、このうち細胞内液(Intracellular fluid: ICF)が約200L、細胞外液(Extracellular fluid: ECF)が約100Lを占めます。細胞外液の内訳は、血液およびリンパ液中の血漿(Plasma)が25~30L、間質液(Interstitial fluid)が40~45Lとなり、残りの約30Lを経細胞液(Transcellular fluid)が占め、これには消化管内腔液(Gastrointestinal lumen fluid)、脳脊髄液(Celebrospinal fluid)、胸水(Pleural fluid)、腹水(Abdominal fluid)、関節液(Joint fluid)などが含まれます(下図)。

疝痛治療における補液療法は、心拍出量増加(Increase cardiac output)を促して組織酸素供給の改善(Improvement of tissue oxygen delivery)を行うことを主目的として実施され、補液中に様々なイオン溶液を添加することで電解質不均衡(Electrolyte imbalance)および酸塩基不均衡(Acid-base imbalance)の改善も併行して行われます。一般的に補液療法は、救急蘇生(Emergency resuscitation)、再水和(Rehydration)、維持水分量および持続損失水分量の供給(Maintenance and ongoing loss provision)、電解質置換(Electrolyte replacement)の四つの過程(重度→軽度の病態順)を経て実施されます(各過程は重複可)。

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脱水症(Dehydration)の重篤度は、通常は脱水パーセントで表現され、体重500kgの馬の5%脱水は、25Lの水分損失を指します(500 x 0.05 = 25)。脱水パーセントは下表のように、皮膚つまみ試験(Skin tent test)、口腔粘膜の乾燥度合い、毛細血管再充満時間(Capillary refill time: CRT)、心拍数、等の指標を総合的に評価して判定されることが一般的です。一般的に、臨床症状を示す脱水症は少なくとも5%以上に達しており、また、15%以上の脱水での生命維持は通常あり得ないことが示されています。

血液検査において、PCV、蛋白濃度、クレアチニン値、等の上昇が見られた場合にも脱水が疑われますが、正常値だからといって脱水症を除外診断することは出来ないと考えられています。また、いずれの検査値も脱水の有無を示唆することは可能ですが、脱水の重篤度の判定指標としては信頼性が低いため、単独での脱水%の推定は適当でないという警鐘が鳴らされており、下表の項目に加味するかたちでのみ水分損失度の診断に使用するべきであることが提唱されています。

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極めて重篤な水分損失を起こした病態は血液量減少症(Hypovolemia)に分類され、脱水症が24~48時間にわたって矯正されるのに対して、より重篤な水分損失を伴う血液量減少症は、1~2時間以内での緊急治療を要するという違いがあります。脱水症の臨床症状としては、粘性の口腔粘膜(Tacky mucous membrane)、皮膚つまみ試験の遅延(Prolonged skin tent test)、眼球陥没(Sunken eyes)などが挙げられ、血液量減少症の臨床症状としては、頚静脈充満の減少(Reduced jugular filling)、動脈拍動の虚弱化(Decreased pulse pressure)、四肢の寒冷化(Cold extremities)、排尿量の減少(Decreased urine output)などが見られます。

血液検査では、PCVが50%以上の場合に血液量減少症が疑われますが、PCVは水分シフトや脾臓収縮(Splenic contraction)等に大きく左右されるため、有意な水分損失が起きていてもPCVは正常範囲内であったり、斃死するほどの重篤な脱水ではないにも関わらずPCVが60%前後の値を示す場合もあります。このため、PCV値単独での水分損失量の判定は適当でないという警鐘が鳴らされており、軽度の脱水症を見逃したり、逆に水分損失を過剰評価して急激な補液を実施することで、過水和(Overhydration)による腎不全(Renal failure)を引き起こす危険があることが示されています。

また、クレアチニン濃度が3.5mg/dLの場合にも血液量減少症が疑われますが、クレアチニン値の上昇にはある程度時間を要すること、補液療法によってもクレアチニン値が変わらない場合には腎不全を疑う必要があること、等を考慮して、やはり単独としての水分損失量の指標には適さないことが示唆されています。また、蛋白濃度上昇による水分損失量の評価は、消化管からの蛋白漏出を生じた場合には感度が低下するため、診断指標としての有用性はあまり高くありません。



*注意:馬の補液療法は、適応症例の品種や年齢、用途、気性、経済的要因によって多様性があり、また、全身病的状態の診断方法と、その結果に基づく補液量、補液剤の種類、補液の添加剤選択、および、補液療法の効能評価にも異なる手法や方針があります。ですので、この補液シリーズでの記述は、あくまで医療技術の概要解説として御参照して下さい。

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