馬の補液3:電解質不均衡
診療 - 2022年11月25日 (金)

馬の疝痛治療における補液療法(Fluid therapy)について。

低ナトリウム血症(Hyponatremia)は、急性大腸炎(Acute colitis)や下痢症(Diarrhea)を起こすサルモネラ症(Salmonellosis)、ポトマック熱(Potomac horse fever)、クロストリディウム症(Clostridiosis)などにおいて好発し、腹腔や腸管内腔へのナトリウム漏出を起こす腹膜炎(Peritonitis)や大結腸捻転(Large colon torsion)、および過剰な流涎中へのナトリウム損失を起こす食道閉塞(Esophageal obstruction)等の疾患において見られる事もあります。低ナトリウム血症の臨床症状としては、威嚇反射減退(Reduced menace response)や振戦(Tremor)などの神経症状を呈しますが、Na濃度が110mmol/L以下に達しなければ症状は必ずしも顕著ではありません。低ナトリウム血症の治療では、低クロール血症を併発した場合には、Normosolなどの等張晶質液(Isotonic crystalloid solution)の補液によって矯正が可能ですが、低ナトリウム血症の重篤度によっては0.9%生理食塩水(Saline)が用いられる事もあります。また、低クロール血症を伴わない低ナトリウム血症の治療では、重炭酸ナトリウム(Sodium bicarbonate)の投与が行われます。しかし、急激な低ナトリウム血症の矯正が行われると、橋中心髄鞘崩壊症(Central pontine myelinosis)の合併症を引き起こす危険があるため、24時間内のNa濃度の上昇を8mEq/L以内にすることが推奨されています。
高ナトリウム血症(Hypernatremia)は、馬の消化器疾患においては殆ど見られませんが、水分損失に伴う多量の電解質漏出によって起こることもあり、通常は高クロール血症を併発します。高ナトリウム血症の治療では、Na濃度の低い5%ブドウ糖溶液(Dextrose solution)や0.45%生理食塩水の補液が行われます。また、等張晶質液(Isotonic crystalloid solution)による補液療法の終了時期を見極める際にも、PCVの下降のみを脱水改善の指標とすると、過水和(Overhydration)による腎不全(Renal failure)を引き起こす危険が高いという警鐘が鳴らされており、血清ナトリウム濃度が正常値よりも上昇し始める所見を過水和の目安とするべきであるという提唱が成されています。

低クロール血症(Hypochloremia)は、十二指腸近位空腸炎(Duodenitis-proximal jejunitis)や馬自律神経異常症(Equine dysautonomia:いわゆるグラスシックネス(Grass sickness)による多量の胃液逆流(Excessive nasogastric reflux)、および重度大腸炎(Severe colitis)によるクロール吸収不全(Lack of chloride absorption)などにおいて好発し、低ナトリウム血症を伴わない低クロール血症では、代謝性アルカローシス(Metabolic alkalosis)を続発する場合もあります。低クロール血症の治療では、0.9%生理食塩水の補液が行われ、ヒスタミン2型受容体拮抗薬(Histamin-2-receptor antagonist: Cimetidine, Ranitidine, etc)の投与による胃酸分泌抑制(Reduction of gastric acid secretion)が併用される場合もあります。
高クロール血症(Hyperchloremia)は、馬の消化器疾患においては殆ど見られませんが、重篤な腸炎における多量の水分損失に伴って起こることもあります。高クロール血症の治療では、5%ブドウ糖溶液や0.45%生理食塩水の補液が行われます。

低カリウム血症(Hypokalemia)は、大腸炎、代謝性アルカローシス(Metabolic alkalosis)、開腹手術後の疝痛馬などに好発しますが、カリウムは細胞内液(Intracellular fluid)の主成分であるため、全身性のカリウム損失が必ずしも血清カリウム濃度減少につながらない場合もあります。そのため、低カリウム血症の評価に際しては、血清ナトリウム濃度および総体液量から算出した交換可能陽イオン量(Exchangeable cation)に基づいて、カリウム損失量を推定することが大切です。低カリウム血症の症状としては、消化管蠕動減退(Reduced intestinal motility)が最も重要で、また、筋虚弱(Muscle weakness)、嗜眠症(Lethargy)、尿濃縮障害(Inability to concentrate urine)などを呈することもあります。低カリウム血症の治療では、等張晶質液中への不足分カリウムの添加が行われますが、投与量が0.5mEq/kg/hrを上回らないように注意することが重要です。
高カリウム血症(Hyperkalemia)は、疝痛馬ではあまり多く見られませんが、大腸炎、腎不全、高カリウム性周期性四肢麻痺(Hyperkalemic periodic paralysis)などにおいて見られ、採血から二時間以上経ってから分離された血漿検体では、溶解した赤血球からのカリウム漏出によって、人為的高カリウム血症(Artifactual hyperkalemia)を呈することもあります。高カリウム血症の治療では、カルシウムグルコン酸(Calcium gluconate)、重炭酸ナトリウム、5%ブドウ糖溶液などの投与が行われます。
*注意:馬の補液療法は、適応症例の品種や年齢、用途、気性、経済的要因によって多様性があり、また、全身病的状態の診断方法と、その結果に基づく補液量、補液剤の種類、補液の添加剤選択、および、補液療法の効能評価にも異なる手法や方針があります。ですので、この補液シリーズでの記述は、あくまで医療技術の概要解説として御参照して下さい。
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