馬の補液5:カルシウム補正
診療 - 2022年11月26日 (土)

馬の疝痛治療における補液療法(Fluid therapy)について。

低カルシウム血症(Hypocalcemia)は、多くの疝痛症例において見られ、乳酸アシドーシス(Lactic acidosis)、内毒素誘発性のカルシウム恒常性変動(Endotoxin-induced changes in calcium homeostasis)、小腸からのカルシウム吸収不全(Small intestinal calcium malabsorption)などに起因すると考えられています。しかし、血中のカルシウムの大部分はアルブミンと結合しているため、可能な限りにおいてイオン化カルシウム(Ionized calcium)の測定を行って、機能上カルシウム損失量(Functional calcium deficit)の評価を行うことが重要です。低カルシウム血症の治療では、カルシウムグルコン酸やボログルコン酸カルシウム溶液(Calcium borogluconate solution)の投与が行われますが、難治性の低カルシウム血症に対してはマグネシウム補給療法(Magnesium supplementation therapy)を併用することが推奨されています。
高カルシウム血症(Hypercalcemia)は、慢性腎不全(Chronic renal failure)において見られますが、疝痛の罹患馬では殆ど認められません。高カルシウム血症の治療では、カルシウムを含有しない溶液の補液が行われます。

低マグネシウム血症(Hypomagnesemia)は、約四割の疝痛馬に起こることが報告されており、遷延性胃液逆流(Prolonged nasogastric reflux)、小腸からの吸収不全、体内分布の変動(Alteration in systemic distribution)、腎臓からのマグネシウム漏出、過剰発汗(Excessive sweating)などに起因すると考えられています。しかし、血中にはマグネシウム総量の1%しか存在せず、血清マグネシウム濃度による低マグネシウム血症の評価は困難であるため、多くの疝痛馬の補液療法に際しては、通例的にマグネシウム添加が行われることが一般的です。
高マグネシウム血症(Hypermagnesemia)は、疝痛馬ではあまり多く見られませんが、大結腸便秘(Large colon impaction)の治療のために、経鼻胃カテーテルから投与された多量の硫酸マグネシウム(Magnesium sulfate)によって引き起こされる場合もあります(大結腸便秘に対する硫酸マグネシウムなどの緩下剤の治療効果に関しては賛否両論があります)。高マグネシウム血症の治療では、カルシウムグルコン酸の投与が行われます。

補液療法におけるカルシウム損失量の計算は、血清カルシウム濃度よりもイオン化カルシウム(Ionized calcium)の測定によって行われます。正常時のイオン化カルシウム濃度は60mg/L(6.0mg/dL)であるため、正常時における細胞外液(Extracellular fluid: ECF)に含まれる遊離イオン化カルシウム量は、正常時ECF量×60mgで計算され(ECF量は総体液量の1/3)、また、正常時において血漿蛋白(Plasma plasma)に結合しているイオン化カルシウム量は、正常時血漿量×60mgで計算され(血漿量はECF量の30%)、この合計が正常時の総イオン化カルシウム量となります。カルシウムは40g/molで、イオン化カルシウムは2Eq/molであるため、mg単位での総イオン化カルシウム量を20で割った値が、mEq単位での総イオン化カルシウム量となります。同様に、入院時における総イオン化カルシウム量は、細胞外液中の遊離イオン化カルシウム量(入院時ECF量×入院時イオン化カルシウム濃度)と、血漿中の結合イオン化カルシウム量(入院時血漿量×入院時イオン化カルシウム濃度)の合計を20で割った値で算出されます。そして、正常時と入院時の計算値の差が、総イオン化カルシウム損失量として計算されます。
入院時に体重450kgの馬が5%脱水を示した場合には、正常時体重は450/0.95=474kg、正常時体液量は474x0.6=284L、正常時ECF量は284x1/3=95L、正常時血漿量は95x0.3=29L、入院時体液量は450x0.6=270L、入院時ECF量は270x1/3=90L、入院時血漿量は90x0.3=27Lとなります。この患馬が、入院時イオン化カルシウム濃度4.6mg/dL(46mg/L)を示した場合には、正常時イオン化カルシウム量は、[(95x60)+(29x60)]/20=372mEqとなり、入院時イオン化カルシウム量は、[(90x46)+(27x46)]/20=269mEqとなり、総イオン化カルシウム損失量は、372-269=103mEqと算出されます(上図)。
低カルシウム血症の補正において最も一般的に用いられる、23%ボログルコン酸カルシウム溶液は1L当たり1069mEq(1.069mEq/mL)であるため、103mEqのイオン化カルシウム損失量の補給のためには、96mLのボログルコン酸カルシウム溶液の添加が必要です(103/1.069=96)。しかし、腎機能が正常な馬においては、カルシウム過剰投与に伴う副作用の危険は少ないため、多くの疝痛馬において、イオン化カルシウム損失量を上回る量のボログルコン酸カルシウム溶液が通例的に補液中に添加されています。
マグネシウムは細胞内液に総量の99%が含まれるため、血清マグネシウム濃度による低マグネシウム血症の評価は困難であることが知られています。しかし、疝痛馬の約四割において低マグネシウム血症(Hypomagnesemia)が起きることを考慮して、多くの患馬の補液療法に際して、通例的にマグネシウム添加(2~8mg/kg)が行われることが一般的です。
*注意:馬の補液療法は、適応症例の品種や年齢、用途、気性、経済的要因によって多様性があり、また、全身病的状態の診断方法と、その結果に基づく補液量、補液剤の種類、補液の添加剤選択、および、補液療法の効能評価にも異なる手法や方針があります。ですので、この補液シリーズでの記述は、あくまで医療技術の概要解説として御参照して下さい。
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