馬の補液7:栄養輸液
診療 - 2022年11月26日 (土)

馬の疝痛治療における補液療法(Fluid therapy)について。
疝痛馬の治療に際しては、胃液逆流(Gastric reflux)、小腸閉塞(Small intestinal ileus)、食道通過障害(Esophageal obstruction)などの罹患馬において、摂食停止が三日間以上に及ぶ場合には、補液療法を介しての栄養補助(Nutritional support)が必要になります。成馬における安静時必要栄養量は、正常時体重×21+975(kcal)で計算されますが、補液中へのブドウ糖溶液(Dextrose solution)の添加による栄養補助は、安静時必要栄養量の60%前後にとどめることが大切です。必要栄養量の全てを補うような、多量なブドウ糖の補液が行われると、高血糖(Hyperglycemia)や糖尿(Glucosuria)を引き起こし、また、インシュリンの過剰分泌に伴う脂肪動員の抑制(Inhibition of fat mobilization)を生じる危険があります。このため、一日当たりの最大安全栄養補給量は、安静時必要栄養量×0.6で算出されます。
補液療法を介しての栄養補助において、最も一般的に用いられる50%ブドウ糖溶液は100mL当たり50gのブドウ糖を含み、ブドウ糖は4kcal/gを要するため、カロリー濃度は2kcal/mLとなり、上述の栄養補給量÷2kcal/mLによって必要なブドウ糖溶液の添加量(mL)が計算されます。

入院時に体重450kgの馬が5%脱水を示した場合には、正常時体重は450/0.95=474kgであるため、安静時必要栄養量は474x21+975=10922kcalで、補液で補われる栄養補給量は10922x0.6=6553kcalとなります。このため、12時間分の栄養補給量はその半分の3277kcalで、これに要する50%ブドウ糖溶液は3277/2=1638mLとなります。
また、摂食停止が一週間以上に及ぶ慢性症例に対しては、ブドウ糖以外の栄養素の補給も重要になってくるため、総合非経口栄養(Total parenteral nutrition)の投与が必要となり、ブドウ糖、脂質、アミノ酸、血漿、総合ビタミンなどを配合させた総合非経口栄養溶液(下表)を、最初の三日間にわたって徐々にカロリー量を上げながら補液する指針が推奨されています。

長期間におよぶ摂食停止や、重度の大腸炎(Severe colitis)によって、低蛋白血症(Hypoproteinemia)や低アルブミン血症(Hypoalbuminemia)を呈した症例に対しては、一次性疾患の治療、および摂食促進による蛋白補給を第一指針としますが、血清アルブミン濃度が4.0mg/dL以下に達した症例では、血漿輸血(Plasma transfusion)もしくはHetastarchの投与を要します。しかし、蛋白損失量の全量を補液療法で補うことは難しいため、投与量は10mL/kg/day以下(500kgの馬で一日当たり5Lまで)とすることが推奨されています。
*注意:馬の補液療法は、適応症例の品種や年齢、用途、気性、経済的要因によって多様性があり、また、全身病的状態の診断方法と、その結果に基づく補液量、補液剤の種類、補液の添加剤選択、および、補液療法の効能評価にも異なる手法や方針があります。ですので、この補液シリーズでの記述は、あくまで医療技術の概要解説として御参照して下さい。
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