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馬の補液9:補液計算の例題2

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馬の補液療法(Fluid therapy)の例題2。

患馬は、48時間にわたる漸進発現性(Gradual onset)の中程度下痢症(Moderate diarrhea)、発熱(Fever)、抑欝(Depression)、食欲不振(Anorexia)などの症状を呈し、風土性(川沿いでの飼養)とサルモネラ症(Salmonellosis)の陰性反応から、ポトマック熱(Potomac horse fever)であるという推定診断が下されました。入院時の脱水重篤度は、臨床症状と血液検査結果から10%と推測されました。



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(1)体液量、細胞外液量(ECF)、血漿量の計算
正常時体重: 420 ÷ 0.90 = 467 kg
正常時体液量: 467 × 0.6 = 280 L
正常時ECF量: 280 × 1/3 = 93 L
正常時血漿量: 93 × 0.3 = 28 L
入院時体液量: 420 × 0.6 = 252 L
入院時ECF量: 252 × 1/3 = 84 L
入院時血漿量: 84 × 0.3 = 25 L



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(2)総補液量の計算
損失水分量: 467 × 0.10 = 47 L
維持水分量: 467 × 0.0025 × 12 = 14 L (12時間分)
持続損失量: 467 × 0.0040 × 12 = 22 L (12時間分)
追加水分量: 0 L
合計補液量: 47 + 14 + 22 + 0 = 83 L
毎時補液量: 83 ÷ 12 = 6.9 L/hr



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(3)ナトリウム、カリウム、クロールの損失量の計算
正常時交換可能陽イオン量: 280 × 140 = 39200 mEq
入院時交換可能陽イオン量: 252 × 88 = 22176 mEq
損失交換可能陽イオン量: 39200 – 22176 = 17024 mEq
総ナトリウム損失量: 17024 × 2/3 = 11349 mEq
総カリウム損失量: 17024 × 1/3 = 5675 mEq

正常時総クロール量: 93 × 110 = 10230 mEq
入院時総クロール量: 84 × 58 = 4872 mEq
総クロール損失量: 10230 – 4872 = 5358 mEq



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(4)ナトリウム、カリウム、クロールの投与量の計算
12時間にわたって83Lの乳酸リンゲルの経静脈補液:
総ナトリウム投与量: 130 × 83 = 10790 mEq (559mEqの不足)
総カリウム投与量: 4 × 83 = 332 mEq (5343mEqの不足)
総クロール投与量: 109 × 83 = 9047 mEq (充分)
(*乳酸リンゲルでは総Na損失量を補えないため、代わりに0.9%生理食塩水を選択)

12時間にわたって83Lの0.9%生理食塩水の経静脈補液:
総ナトリウム投与量: 154 × 83 = 12782 mEq (充分)
総カリウム投与量: 0 × 83 = 0 mEq (5675mEqの不足)
総クロール投与量: 154 × 83 = 12782 mEq (充分)

カリウム投与速度: 5675 ÷ 12 = 473 mEq/hr
最大安全カリウム投与速度: 420 × 0.5 = 210 mEq/hr
(*12時間以内でのカリウム全損失量の補給は副作用の危険が高い)
(*最大安全カリウム投与速度に基づいて添加量を再計算)

最大安全カリウム投与量: 210mEq/hr × 12hr = 2520 mEq
塩化カリウム溶液(2mEq/mL)の投与量: 2520 ÷ 2 = 1260 mL
塩化カリウム溶液(2mEq/mL)の添加量: 1260 ÷ 83 = 15 mL/L



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(5)カルシウムおよびマグネシウムの損失量と投与量の計算
正常時ECFイオン化カルシウム量: 93 × 60 = 5580 mg
正常時血漿イオン化カルシウム量: 28 × 60 = 1680 mg
正常時総イオン化カルシウム量: (5580 + 1680) ÷ 20 = 363 mEq
入院時ECFイオン化カルシウム量: 84 × 38 = 3192 mg
入院時血漿イオン化カルシウム量: 25 × 38 = 950 mg
入院時総イオン化カルシウム量: (3192 + 950) ÷ 20 = 207 mEq
総イオン化カルシウム損失量: 363 – 207 = 156 mEq
23%ボログルコン酸Ca溶液(1.069mEq/mL)の投与量: 156 ÷ 1.069 = 146 mL

(*カルシウム溶液と下記の重炭酸イオン溶液は混合不可)
(*酸塩基不均衡の補正を優先させるため始めの40Lに重炭酸ナトリウムを添加)
(*残りの43Lにボログルコン酸Ca溶液を添加)
23%ボログルコン酸Ca溶液(1.069mEq/mL)の添加量: 146 ÷ 43 = 3.4 mL/L

血液検査によるマグネシウム損失量の推測は困難。
通例的なマグネシウム添加: 8mg/kg × 467kg = 3736mg
20%硫酸マグネシウム溶液(200mg/mL)の投与量: 3736 ÷ 200 = 19 mL
20%硫酸マグネシウム溶液(200mg/mL)の添加量: 19 ÷ 83 = 0.23 mL/L



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(6)酸塩基不均衡の補正の計算
血液検査から補正を要する重度(HCO3<15mmHg)の代謝性アシドーシスの推測診断。
重炭酸イオン損失量: 467 × 0.5 × 16.5 = 3853 mEq

(*カルシウム溶液と上述の重炭酸イオン溶液は混合不可)
(*酸塩基不均衡の補正を優先させるため始めの40Lに重炭酸ナトリウムを添加)
(*急激なpH変化を防ぐため12時間で半量の1927mEqを投与)
8.4%重炭酸ナトリウム溶液(1mEq/mL)の投与量: 1927 ÷ 1 = 1927 mL
8.4%重炭酸ナトリウム溶液(1mEq/mL)の添加量: 1927 ÷ 40 = 48 mL/L



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(7)栄養補助量の計算
病態経過から栄養補助を要する長さの摂食停止はないと判断。



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(8)コロイド補液量の計算
血液検査結果から補正を要する低蛋白血症の推測診断。
最大安全血漿投与量: 467kg × 10mL/kg/day = 4.7L/day



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*注意:馬の補液療法は、適応症例の品種や年齢、用途、気性、経済的要因によって多様性があり、また、全身病的状態の診断方法と、その結果に基づく補液量、補液剤の種類、補液の添加剤選択、および、補液療法の効能評価にも異なる手法や方針があります。ですので、この補液シリーズでの記述は、あくまで医療技術の概要解説として御参照して下さい。

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馬の補液4:電解質の補正
馬の補液5:カルシウム補正
馬の補液6:酸塩基平衡
馬の補液7:栄養輸液
馬の補液8:補液計算の例題1
馬の補液9:補液計算の例題2
馬の補液10:補液計算の例題3



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