馬の疝痛での膵臓バイオマーカー
話題 - 2022年11月30日 (水)

ヒト医療で用いられる膵臓バイオマーカーのうち、特に膵炎の特異的診断能が高いものとして、DGGRリパーゼ活性(1,2-o-dilauryl-rac-glycero-3-glutaric acid-[6’-methylresorufin] ester lipase activity)の測定が挙げられています。
ここでは、馬の疝痛における膵臓バイオマーカーの有用性を評価した知見を紹介します。この研究では、スイスのベルン大学において、2015~2016年にかけて、疝痛の診断や治療が行なわれた192頭の馬の血液におけるDGGRリパーゼ活性が測定され、医療記録や治療成績との関連性が解析されました。
参考文献:
Lanz S, Howard J, Gerber V, Peters LM. Diagnostic utility and validity of 1,2-o-dilauryl-rac-glycero-3-glutaric acid-(6'-methylresorufin) ester (DGGR) lipase activity in horses with colic. Vet J. 2022 Oct;288:105887. doi: 10.1016/j.tvjl.2022.105887. Epub 2022 Sep 7. Online ahead of print.
結果としては、疝痛馬のうち、DGGRリパーゼ活性が正常範囲を超えていた馬は30.2%に及び、正常範囲上限の二倍を超えていた馬も15.6%に達していました。このうち、結腸食滞や胃潰瘍に比べて、結腸変位や結腸捻転では、DGGRリパーゼ活性が有意に高いことが分かりました。また、DGGRリパーゼ活性が、正常範囲上限の二倍を超えていた場合には、開腹術を要したり、絞扼性疾患を呈したり、生存できない割合が有意に高くなることも示されています。一方、各馬の年齢や性別、入院期間の長さは、DGGRリパーゼ活性とは相関していませんでした。

これらを具体的に表すと、DGGRリパーゼ活性が正常範囲上限の二倍以上であった疝痛馬では、生存できない確率が三倍近く高くなり(オッズ比[OR]=2.7)、また、開腹術を要する確率も八倍近く高くなる(OR=7.9)、ことが示されました。そして、そのような疝痛馬では、絞扼性疾患を発症している確率が三倍以上高くなり(OR=3.1)、さらに、結腸変位/捻転を発症している確率が六倍近く高くなる(OR=5.8)ことも分かりました。
この研究では、絞扼性疾患を鑑別する場合、最適カットオフ値(>12U/L)において、感度は90%に達したものの、特異度は44%に留まっていました(ROC曲線下面積は0.72)。一方、結腸の変位/捻転を鑑別する場合、最適カットオフ値(>19U/L)でも、感度は64%で、特異度は73%に過ぎませんでした(ROC曲線下面積は0.73)。このため、馬の絞扼性疾患や結腸変位/捻転を鑑別するためには、DGGRリパーゼ活性のみでは診断能が不十分であり、他の検査結果と照らし合わせながら診断を進める必要があると考えられました。
この研究では、疝痛馬が生存するかを判定する場合、最適カットオフ値(>14U/L)でも、感度は68%で、特異度は53%に留まっていました(ROC曲線下面積は0.65)。また、疝痛馬が開腹術を要するかを判定する場合、最適カットオフ値(>18U/L)でも、感度は75%で、特異度は74%に過ぎませんでした(ROC曲線下面積は0.79)。このため、馬のDGGRリパーゼ活性の測定値のみで、生存率や開腹術の必要性を判断するのは信頼性が低いと推測されています。

過去の文献[1,2]では、疝痛馬のうち高リパーゼ血症を示すのは61~79%に上ることが報告されており、特に、結腸捻転や結腸右背方変位において、リパーゼ血中濃度が高くなる傾向が示されています。この原因は特定されていませんが、結腸変位に伴う腸間膜緊張により膵臓への血流が滞ること、絞扼性疾患に続発する内毒素血症や菌血症が、血行性に波及して膵炎を起こすこと、結腸に付着している肝十二指腸靭帯の緊張で、十二指腸が鬱滞して膵管逆流が起きること、などが挙げられています。また、近位小腸炎は、膵炎の二次的病態である可能性も示唆されています。
このため、馬の疝痛におけるDGGRリパーゼ活性の測定は、原因疾患を鑑別したり、予後判定の指標として応用することに加えて、特定の疾患(結腸捻転、結腸右背方変位、近位小腸炎など)の推定診断/確定診断が下された後に、病気の重篤度を判定したり、経過の悪化や改善を経時的にモニタリングするために有用なのかもしれません。DGGRリパーゼ活性が増加している症例では、血流障害が広範囲に及んでいたり、再灌流障害のリスクが高いことを考慮して、開腹術後にも積極的な内科療法(ポリミキシンBや活性酸素スカベンジャーの投与等)を要することを示唆しているのかもしれません。
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参考文献:
[1] Johnson, J.P., Stack, J.D., McGivney, C.L., Garrett, M.P., O’Brien, P.J., 2019. DGGR-lipase for effective diagnosis of pancreatitis in horses. Comparative Clinical Pathology 28, 1625–1636.
[2] Yamout SZ, Nieto JE, Anderson J, De Cock HE, Vapniarsky N, Aleman M. Pathological evidence of pancreatitis in 43 horses (1986-2011). Equine Vet J Suppl. 2012 Dec;(43):45-50.
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