馬の腎不全のバイオマーカー
話題 - 2022年11月30日 (水)

一般的に、馬の腎不全の診断では、クレアチニンやBUNが測定されています。しかし、クレアチニンは、腎臓の糸球体機能が60~75%損失するまでは無変化であり、また、BUNは、脱水や尿路疾患によっても変化してしまう(腎前性または腎後性高窒素血症)ことから、必ずしも急性腎不全の最適な診断指標ではないと言われています。
ここでは、馬の急性腎不全における、NGAL(好中球ゼラチナーゼ結合性リポカリン:Neutrophil gelatinase-associated lipocalin)およびシスタチンC(Cystatin C)の有用性を評価した知見を紹介します。この研究では、ポーランドの獣医大学病院において、症例馬71頭における血中および尿中のNGALやシスタチンCの濃度測定が行なわれました。
参考文献:
Siwinska N, Zak A, Paslawska U. Evaluation of Serum and Urine Neutrophil Gelatinase-associated Lipocalin and Cystatin C as Biomarkers of Acute Kidney Injury in Horses. J Vet Res. 2021 May 16;65(2):245-252.
結果としては、血中NGAL濃度を見ると、健常馬(50ng/mL)や、急性腎不全リスクの馬(51ng/mL)に比較して、急性腎不全の発症馬(98ng/mL)では有意に高いことが分かりました。また、血中シスタチンC濃度を見ると、健常馬(0.25mg/L)や、急性腎不全リスクの馬(0.23mg/L)に比べて、急性腎不全の発症馬(0.61mg/L)では有意に高値となっていました(何れも健常馬と比べた場合)。このため、NGALとシスタチンCは、血液検査によって急性腎不全を早期診断するためのバイオマーカーになりうると考えられました。

このうち、血中NGAL濃度では、急性腎不全の発症馬を鑑別診断(カットオフ値:95.2ng/mL)するときには、感度は55%で、特異度は92%となっていました(ROC曲線下面積は0.73)。このため、鑑別能は中程度で、偽陽性の危険は一割以下に抑えられるものの、急性腎不全を見逃す確率が五割弱あるため、他の血液検査の所見、尿検査、腎臓エコー画像などを併用するのがベストであると考察されています。
この研究では、尿中のNGAL濃度を見ると、健常馬(21ng/mL)や急性腎不全リスクの馬(32ng/mL)に比較して、急性腎不全の発症馬(37ng/mL)では有意に高いことが示されました。また、尿中のシスタチンC濃度を見ると、健常馬(0.1mg/L)や、急性腎不全リスクの馬(0.13mg/L)に比べて、急性腎不全の発症馬(0.34mg/L)では有意に高値となっていました(何れも健常馬と比べた場合)。このため、NGALとシスタチンCは、尿検査の所見としても急性腎不全のバイオマーカーになりうると推測されています。
このうち、尿中のシスタチンC濃度では、急性腎不全の発症馬を鑑別診断(カットオフ値:0.2mg/L)するときには、感度は82%で、特異度は85%となりました(ROC曲線下面積は0.84)。このため、鑑別能は血液検査よりも高く、偽陰性の確率を二割以下まで下げられることから、血中NGAL濃度と尿中シスタチンC濃度を組み合わせて、急性腎不全をスクリーニングするという診断方針が有益であると考えられました。

この研究では、急性腎不全リスクの馬として、疝痛を発症している馬、フェニルブタゾンが投与されている馬、ゲンタマイシンが投与されている馬、という三種類が含まれました。このうち、後者の二つにおいては、NGALとシスタチンCの何れも、腎不全の発症馬よりも低く、健常馬と同程度の検査値を示していました(血中濃度も尿中濃度も)。このため、NGALやシスタチンC濃度を経時的に測ることで、腎毒性を持つ薬剤による、急性腎不全の合併症を早期発見できることが示唆されました。なお、疝痛の発症馬では、病態の多様性もあり、健常馬よりもやや高い測定値を示していました。
一般的に、NGALは、腎上皮の低酸素や炎症によって生成され、血中濃度が上昇しますが、尿中濃度の上昇は、尿細管の再吸収不全によって起こるため、血中NGAL濃度の測定のほうが、急性腎不全の早期診断に適していると考察されています。一方、シスタチンCは、プロテアーゼ拮抗蛋白で、全ての有核細胞に存在しますが、腎臓でのみ特異的に排出されるため、急性腎不全の診断に有用であることが知られています。今後の研究では、馬における測定値の正常範囲を確立すると共に、急性腎不全のステージによって、NGALやシスタチンCの血中/尿中濃度がどのように推移するかについて、経時的に調査する必要があるという考察がなされています。
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