馬の敗血症での多臓器不全バイオマーカー
話題 - 2022年12月01日 (木)

馬の疝痛では、内毒素血症の進行によって予後が悪化することが知られており、敗血症(SIRS)から播種性血管内凝固(DIC)、そして、多臓器不全(MOF)へと病態悪化していくことが知られています。
ここでは、多臓器不全のバイオマーカーと言われているシンデカン1(Syndecan-1)の血中濃度を、疝痛馬の敗血症にて評価した知見を紹介します。この研究では、米国のミズーリ大学の獣医病院において、健常馬(66頭)、敗血症でない患馬(83頭)、敗血症馬(42頭)における、血中のシンデカン1濃度の測定が行なわれました。
参考文献:
Hobbs KJ, Johnson PJ, Wiedmeyer CE, Schultz L, Foote CA. Plasma syndecan-1 concentration as a biomarker for endothelial glycocalyx degradation in septic adult horses. Equine Vet J. 2022 Jul 17. doi: 10.1111/evj.13862. Online ahead of print.
結果としては、血中のシンデカン1濃度は、健常馬(16μg/mL)や非敗血症馬(17μg/mL)に比較して、敗血症馬(51μg/mL)では有意に高いことが分かりました。また、健常馬と非敗血症馬のあいだには有意差が無く、SIRSスコアは、健常馬および非敗血症馬よりも、敗血症馬で有意に大きくなっていました。このため、シンデカン1の血中濃度は、馬の疝痛における敗血症の診断に有効であると推測されました。

通常、生体の血管の内張りには、血流をスムーズに流すためのグリコカリックスというコーティングが存在し、SIRSによってこれが剥がれると、血栓が形成されて、DICが誘発されると考えられています。そして、この血管内皮グリコカリックスの変性によって、シンデカン1が血中に遊離されることが知られています。ヒト医療の文献では、シンデカン1の血中濃度が、臓器障害が起こることで上昇することが知られていますが、MOFの指標としてだけでなく、DIC発生の前兆を示唆するバイオマーカーとしても注目されています。
この研究では、敗血症馬における採血のタイミングは様々で、SIRSやDICの進行ステージとの相関は評価されていませんでした。しかし、シンデカン1の濃度上昇によって、血管内皮グリコカリックスの変性を早期診断できれば、DICを示す凝固系の検査値に異常が現れる前に、SIRSからDICへの移行期を検知できるため、積極的な治療(内毒素スカベンジャーや抗凝固剤の投与など)を実施するタイミングを知ることが出来ると推測されます。また、今後の研究では、疝痛馬の予後判定指標として、血中のシンデカン1濃度の有用性を評価することも提唱されています。

ヒト医療の文献では、敗血症の患者において、シンデカン1血中濃度は、DICや急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の前駆徴候を知るために有用であることが知られており[1,2]、また、補液の必要量を示唆したり、敗血症の生存率を予測する指標となるほか、心肺蘇生の成功率を測るためにも有用であると考えられています[3,4]。このため、馬の医療においても、疝痛馬だけでなく、新生子馬の集中治療等においても、病態経過のモニタリング項目として有益になるかもしれません。
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参考文献:
[1] Huang X, Hu H, Sun T, Zhu W, Tian H, Hao D, Wang T, Wang X. Plasma Endothelial Glycocalyx Components as a Potential Biomarker for Predicting the Development of Disseminated Intravascular Coagulation in Patients With Sepsis. J Intensive Care Med. 2021 Nov;36(11):1286-1295.
[2] Murphy LS, Wickersham N, McNeil JB, Shaver CM, May AK, Bastarache JA, Ware LB. Endothelial glycocalyx degradation is more severe in patients with non-pulmonary sepsis compared to pulmonary sepsis and associates with risk of ARDS and other organ dysfunction. Ann Intensive Care. 2017 Oct 6;7(1):102.
[3] Saoraya J, Wongsamita L, Srisawat N, Musikatavorn K. Plasma syndecan-1 is associated with fluid requirements and clinical outcomes in emergency department patients with sepsis. Am J Emerg Med. 2021 Apr;42:83-89.
[4] Hippensteel JA, Uchimido R, Tyler PD, Burke RC, Han X, Zhang F, McMurtry SA, Colbert JF, Lindsell CJ, Angus DC, Kellum JA, Yealy DM, Linhardt RJ, Shapiro NI, Schmidt EP. Intravenous fluid resuscitation is associated with septic endothelial glycocalyx degradation. Crit Care. 2019 Jul 23;23(1):259.