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馬の遠位種子骨靭帯炎

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馬における遠位種子骨靭帯炎(Distal sesamoidean ligament desmitis)は、稀に見られる跛行の原因疾患です。ここでは、英国の王立獣医大学において、2002~2018年にかけて、遠位種子骨靭帯炎を呈した51頭の馬に関する症例集積研究を紹介します。

参考文献:
Hawkins A, O'Leary L, Bolt D, Fiske-Jackson A, Berner D, Smith R. Retrospective analysis of oblique and straight distal sesamoidean ligament desmitis in 52 horses. Equine Vet J. 2022 Mar;54(2):312-322.

馬の遠位種子骨靭帯(Distal sesamoidean ligament: DSL)には、解剖学的に、以下の四種類があります。①遠位種子骨斜靭帯(Oblique DSL、上図の赤)、②遠位種子骨直靭帯(Straight DSL、上図の青)、③遠位種子骨十字靭帯(Cruciate DSL、上図の緑)、④遠位種子骨短靭帯(Short DSL、上図の紫)。このうち、③と④は、非常に小さい構造物で、球節の支持機能は少なく、跛行の原因となることは殆どありません。一方、①と②の靭帯炎は、稀に跛行の原因となることが知られています。基本的に、遠位種子骨靭帯は、繋靭帯や近位種子骨と共に、懸垂装置を成しており、ハンモックのように球節を沈下させる負荷を受け止めることで、球節の重要な支持機能を担っています。

遠位種子骨靭帯炎の症例馬のプロフィールは、①の靭帯炎は前後肢で同等(50%ずつ)に発症していたのに対して、②の靭帯炎は前肢(62%)に多く発症していました。また、①での発症率は59%で、②での発症率は41%でした。そして、平均発症年齢は11.6歳で、騙馬が65%を占めていました(残りは牝馬)。

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症状としては、片側性跛行を呈した症例が76%であり、跛行の度合いは、軽度が61%、中程度が29%、重度が10%となっていました(跛行グレードの平均は①と②で同等)。また、靭帯の触診痛を示したのは、①では79%、②では44%となっており、靭帯腫脹などの異常所見が触知されたのは、①では67%、②では33%でした。そして、球節屈曲試験に要請を示したのは84%であったと報告されています。

診断としては、掌側指神経麻酔での陽性は4%、遠軸神経麻酔では78%、低四点神経麻酔では94%となっていました。また、エコー検査で異常所見が発見されたのは、①の靭帯炎では77%で、②の靭帯炎では94%でした(残りはMRI検査で病変を確認)。エコー所見としては、靭帯の肥厚(対側肢と比較)、低エコー輝度の瀰漫性または限局性病巣、靭帯周囲線維化、靭帯付着部の骨不整などが含まれました。そして、X線検査で異常所見が発見されたのは10%のみで、①の起始部の骨増殖体が認められました。

なお、上写真は、①の外側脚(Lateral ODSL)の靭帯炎のエコー像で、靭帯の肥厚および低エコー輝度の中心性病変(白矢印)が確認されます。なお、内側脚(Medial ODSL)は正常像です。一方、下写真は、②の靭帯のエコー像で、罹患肢(下写真の左)では、靭帯の肥厚、靭帯包膜下の浮腫、低エコー輝度の中心性病変(白矢印)などが確認されます。対側肢(下写真の右)は正常像です。

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病変の発生箇所を見ると、前肢の①では内側脚のほうが多い(60%)のに対して、後肢の①では外側脚のほうが多い(87%)ことが分かりました。また、①での病変は、靭帯の近位1/3部位が83%を占めていた一方で、②での病変は、靭帯の遠位2/3部分が67%を占めていました。そして、①の靭帯炎は②の靭帯炎に比べて、近位1/3部分に発症する確率が二十倍近く高く(オッズ比[OR]=19.4)、触診痛を示す確率が五倍近く高い(OR=4.6)ことが分かりました。なお、過去の文献では、前肢の①では内側脚が87%で、後肢の①では外側脚が71%と、今回の研究と類似のデータとなっていました[1]。

予後としては、一年以内に正常歩様に回復した症例は55%でしたが(①と②では同程度)、意図した用途に復帰した症例は31%に留まっていました。また、保存療法が行なわれた馬で、正常歩様に回復した症例は51%で、追加治療(腱鞘鏡、ショックウェーブ、再生医療など)が行なわれた馬で、正常歩様に回復した症例は64%となっていました。そして、正常歩様に回復する確率は、前肢では二倍高く(OR=2)、病変が近位1/3部位だと七倍以上高く(OR=7.2)、また、他の肢にも跛行があると半分以下まで低い(OR=0.4)ことが分かりました。

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過去の文献では、エコー検査で①や②の病変が確認されたのは7~20%であったと報告されています[1,2]。この要因としては、特に①の近位1/3部位のエコー検査の難しさが挙げられており、種子骨の下方で斜め方向にプローブを当てることで、殆どの病変を描出できると提唱されています(尾側から見て八の字になる当て方)(上写真)。なお、エコー画像での①の横断面積は、外側のほうが内側より大きく、②の横断面積は前肢のほうが後肢よりも大きいため、対側肢の同じ靭帯を比較対象にすることが推奨されています。

この研究では、②の靭帯炎において、球節腱鞘内で深屈腱と接する箇所に、靭帯の裂傷や糜爛を生じることがあるため、靭帯の近位側で掌側(底側)の辺縁をエコーで精査することが推奨されています。また、この部位の靭帯損傷は、腱鞘鏡での病巣掻把の適応症であり、治療成功率(正常歩様に戻った割合)は80%に達することが報告されています。なお、下写真は、腱鞘鏡の内診所見で、②の靭帯(SDSL)に裂傷を生じて(黒矢印)、そこに繊維素沈着(黒星印)を伴っていることが確認できます(DDFTは深屈腱)。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2022 Mar;54(2):312-322.

参考文献:
[1] Sampson SN, Schneider RK, Tucker RL, Gavin PR, Zubrod CJ, Ho CP. Magnetic resonance imaging features of oblique and straight distal sesamoidean desmitis in 27 horses. Vet Radiol Ultrasound. 2007 Jul-Aug;48(4):303-11.
[2] Smith S, Dyson SJ, Murray RC. Magnetic resonance imaging of distal sesamoidean ligament injury. Vet Radiol Ultrasound. 2008 Nov-Dec;49(6):516-28.

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