馬の病気:手根嚢水腫
馬の運動器病 - 2013年09月01日 (日)

手根嚢水腫(Carpal hygroma)について。
手根嚢水腫は、手根関節部の背側面(Dorsal aspect of carpal joints)に滑液嚢炎(Bursitis)を生じる疾患で、転倒や前掻きなどの際に手根関節を地面や壁にぶつけることによって、外傷性に発症する場合が一般的です。解剖学的には、手根背側面には滑液嚢(Bursa)は存在しませんが、外傷に起因して皮下浸出液(Sebcutaneous exudate)が貯留することで、二次性に嚢胞状組織が形成されると考えられています。また、関節鏡手術(Arthroscopy)、関節切開術(Arthrotomy)、関節注射(Joint injection)等に起因して、医原性疾患(Iatrogenic disorders)として発症する症例もあります。
手根嚢水腫の症状としては、特徴的な手根関節背側面の軟性腫脹を呈し、嚢水腫自体が跛行(Lameness)や圧痛(Pain on palpation)の原因となることは稀ですが、転倒等の外傷に起因して関節炎(Arthritis)や腱鞘炎(Tenosynovitis)を併発した場合には、軽度~中程度の跛行(Mild to moderate lameness)が見られる場合もあります。
手根嚢水腫の診断は、通常は視診と触診で下されますが、手根関節包(Carpal joint capsule)のヘルニアに伴って、滑膜ガングリオン(Synovial ganglion)を発症した症例においても、類似の軟性腫脹を示す症例もあります。しかしこの場合には、触診によって嚢水腫辺縁の不規則性(Irregular outline of hygroma)が認められたり、超音波検査(Ultrasonography)によって嚢水腫内面が均等に滑膜で被覆されていない所見(No uniform synovial lining of inner hygroma surface)などを確認して、慎重に鑑別診断(Differential diagnosis)を下すことが重要です。嚢水腫内液の吸引検査では、急性病態においては漿液性の浸出液(Serous type fluid)が認められますが、慢性に経過した病態では滑液状の液体貯留(Synovial-like fluid accumulation)を呈するため、内容液の性状のみで滑膜ガングリオン、および、関節腔や腱鞘腔からの瘻孔形成(Fistula formation)との鑑別診断を行うことは適当ではありません。
手根嚢水腫の治療では、急性病態を呈した症例においては、内容液の吸引除去、コルチコステロイドの注入、圧迫肢巻などを介しての、保存性療法(Conservative therapy)による治癒も期待できますが、羅患部の皮下組織肥厚(Thickening of subcutaneous tissue)によって永続的な外観の悪化(Permanent blemish)を生じる可能性が高いことが報告されています。またこの療法では、滑膜ガングリオンは不応性(Refractory)を示すことが多いため、初診時に的確な鑑別診断を下すことが重要です。慢性病態を呈した症例や、保存性療法によって嚢水腫の再発を示した場合には、嚢水腫の外科的切開術(Surgical resection)、嚢胞内面の滑膜切除および清掃(Removal and debridement of synovial lining)、術創近位部の縫合閉鎖による嚢水腫腔の圧潰、術創遠位部へのペンローズドレインの留置などが行われます。術後には、数週間にわたって副木圧迫肢巻(Splint pressure bandage)が装着され、一週間前後でドレイン除去が行われる事が一般的です。
手根嚢水腫の予後は一般に良好で、殆どの症例において競走や競技への復帰が可能であることが示唆されていますが(関節や腱鞘に損傷が波及した場合を除いて)、手根関節背側面における軟性腫脹の外観が、無疼痛性に残存する場合も多いことが報告されています。この場合には、アトロピン注射による嚢胞壁の退縮が試みられる事もありますが、その効能に関しては賛否両論(Controversy)があります。
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