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馬の顔面神経麻痺

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馬における顔面神経麻痺(Facial nerve paralysis)は、稀に見られる神経器疾患です。ここでは、米国のペンシルバニア大学の大動物病院において、2000~2019年にかけて、顔面神経麻痺を呈した64頭の馬科動物(ロバ1頭含む)に関する症例集積研究を紹介します。

参考文献:
Boorman S, Scherrer NM, Stefanovski D, Johnson AL. Facial nerve paralysis in 64 equids: Clinical variables, diagnosis, and outcome. J Vet Intern Med. 2020 May;34(3):1308-1320.

顔面神経麻痺の症例のプロフィールは、発症年齢は8歳(中央値)で、雌雄比は同程度でした。また、症状発現は、急性が63%を占めていました。

症状としては、上唇偏位(69%)、上唇弛緩(63%)、耳下垂(55%)、眼瞼麻痺(53%)、眼瞼下垂(52%)、角膜潰瘍(33%)などが挙げられ、このうち三つ以上の症状を示した症例は53%に上りました。また、他の神経症状を示した症例は55%で、そのうち、約六割に運動失調、1/3に捻転斜頸、1/4に嚥下障害が認められました。

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診断としては、脳脊髄液検査を行なわれた症例のうち、異常所見は5%のみで(好中球性炎症像)、血清中の抗体アッセイでは、肉胞子虫の抗体陽性馬は16%で、ボレリア菌の抗体陽性馬は20%でした。また、内視鏡検査が行なわれた症例では、舌骨肥厚(28%)、舌骨不整(6%)、喉頭片麻痺(6%)などが認められました。X線/エコー/CT検査が実施された症例では、頭蓋骨骨折(24%)、舌骨肥厚化(21%)、鼓室胞の液体貯留(7%)などが確認されました。

顔面神経麻痺の原因としては、外傷性が31%と最多を占めており、中枢神経疾患から続発したものが25%で、残りは原因不明でした。診断名が特定された症例では、側頭舌骨変形性関節症(16%)、原虫性脳脊髄炎(16%)、神経ボレリア症(8%)、中耳炎(5%)などが含まれました。

内科治療としては、抗炎症剤(64%)、抗生物質(48%)、点眼薬(41%)、眼瞼縫合処置(41%)、抗原虫薬等の神経器治療薬(31%)、補液療法(17%)などが実施されました。また、外科治療としては、外傷治療(16%)や角舌骨切除術(5%)が行なわれました。

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予後としては、経過追跡できた症例(55/64頭)のうち、顔面神経麻痺が完治したのは53%で、部分的良化が11%、無変化/悪化が11%となっていました。また、安楽殺されたのは26%で、その理由は、約半数が神経症状の悪化で、約1/4が削痩でした。

予後判定指標としては、顔面神経麻痺が完治する確率は、症状発現が急性の場合は七倍高く(オッズ比[OR]=7.0)、外傷性の場合は五倍高く(OR=5.1)、抗原虫薬等の神経器治療薬が投与された場合は三倍高い(OR=3.1)ものの、眼瞼下垂が有った場合は約1/3まで低くなる(OR=0.35)ことが分かりました。また、顔面神経麻痺が部分的良化する確率は、ポニーでは20倍高く(OR=20.3)、手術が実施された場合は六倍近く高い(OR=5.9)ことも分かりました。

一方、顔面神経麻痺が無変化または悪化する確率は、角膜潰瘍があった場合には九倍近く高い(OR=8.8)ことも分かりました。さらに、安楽殺となる確率は、全身虚弱があった場合は八倍以上高く(OR=8.6)、運動失調があった場合は八倍高く(OR=8.0)、意識異常があった場合は五倍近く高く(OR=4.8)、神経ボレリア症では14倍高く(OR=14.1)、中枢神経疾患では四倍以上高い(OR=4.4)ことも示されています。

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一般的に、顔面神経は、耳、口唇、眼瞼などの筋機能を支配しているため、顔面神経の異常では、耳下垂、上唇偏位(羅患側から遠ざかる向きに)、流涎、眼瞼下垂、頬嚢内での食物停滞(羅患側)などが見られます。また顔面神経は、涙腺と唾液腺の分泌機能も担っているため、近位部における顔面神経の異常では、涙量減少と目の乾燥を起こします。

本研究の治療成績から、馬科動物における顔面神経麻痺は、骨折などの外傷性原因で起こる場合が最も多いものの、より深刻な神経器疾患から続発する場合もあり、前者のほうが完治できるチャンスが五倍も高いことが分かりました。一方で、角膜潰瘍を起こすような慢性経過の場合は、麻痺が治りにくく、さらに、虚弱や運動失調などの重度な神経症状を起こすと、生存率が下がることも示唆されました。なお、原因疾患のタイプに基づいて、抗原虫薬の投与や手術が適切に実施されれば、予後の改善が期待されると考察されています。

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