馬の項嚢炎
話題 - 2022年12月04日 (日)

馬の項嚢炎(Nuchal bursitis)は、稀に見られる頚部痛の原因疾患です。ここでは、米国のタフツ大学の獣医病院において、1999~2014年にかけて、頭側項嚢炎を呈した30頭の馬に関する症例集積研究を紹介します。
参考文献:
Bergren AL, Abuja GA, Bubeck KA, Spoormakers TJP, García-López JM. Diagnosis, treatment and outcome of cranial nuchal bursitis in 30 horses. Equine Vet J. 2018 Jul;50(4):465-469.
馬の項靭帯は、後頭骨の外側頭隆起と胸椎頚椎棘突起のあいだを走行している線維性膜で、その深部では、椎骨との間隙に三つの滑液嚢を持っています。このうち、項靭帯と第一頚椎との間隙にある滑液嚢を頭側項嚢、第二頚椎との間隙にあるものを尾側項嚢、第二/第三胸椎との間隙にあるものを棘上滑液嚢と呼びます。
特に、馬の頭側項嚢では、頭絡の項革によって圧迫や摩擦を受ける箇所にあるため、損傷や感染を引き起こして、頭側項嚢炎(Cranial nuchal bursitis)を発症することがあります。その場合、頭絡の装着が困難となり、騎乗不能になるため、競走馬や競技馬においては深刻な病気であると言えます。

この研究では、頭側項嚢炎の発症年齢は13歳(中央値)で、12~108ヶ月の経過追跡が行なわれました。このうち、内科的治療が実施されたのは14頭で、外科的治療が実施されたのは20頭でした。そして、外科的治療を受けた馬のうち25%(5/20頭)では、回帰性病態のため複数回の外科的治療を要しました。なお、下写真の左は、X線検査で認められた項嚢の石灰化(矢印)と頚椎背側面のリモデリング像(*印)になります。一方、下写真の右は、エコー検査で認められた滑液充満と繊維素析出の所見です。
治療成績としては、発症前のレベルの騎乗運動に復帰できた症例は67%でしたが、項嚢炎が再発した症例は42%に達していました。このうち、外科的治療が適応された場合には、発症前のレベルの騎乗運動に復帰できた症例は79%で、項嚢炎の再発率は29%でした。一方、内科的治療が適応された場合には、発症前のレベルの騎乗運動に復帰できた症例は67%に留まり、項嚢炎の再発率は33%に及んでいました。
この研究では、内科的治療に不応性で、外科的治療に切り替えられた症例が四頭いましたが、これらのうち、発症前のレベルの騎乗運動に復帰できたのは一頭だけ(25%)であり、四頭全てにおいて項嚢炎の再発が認められました。このため、初診時に感染病巣を見逃してしまい、外科的治療が遅延した症例では、難治性の病態経過を呈して、予後不良となる危険性が高いと考えられました。

この研究は、馬の二次診療施設からの報告であり、25年間の調査期間を通して、僅か30頭という症例数を考えると、殆どの頭側項嚢炎は、一次診療での処置で完治していた(=この疾患そのものは予後良好なケースが多い)と推測されます。しかし、今回の治療成績のように、二次診療での治療を要した症例では、三頭に一頭は、元のレベルの騎乗に復帰できないことを考えると、往診獣医師にとっては、初期段階で丁寧な検査を実施して、必要な保存療法を遅延なく講じることの重要性が示されたと言えます。
なお、過去の文献[1-3]では、頭側項嚢だけでなく、尾側項嚢にも感染や炎症を生じることがあると報告されており、項部の疼痛を呈した症例においては、両方の滑液嚢を、エコー検査およびX線検査で精査することが重要だと言えます。また、今回の研究では、特に内科的治療が選択された場合には、33%という高い再発率が示されたことから、初診時には、必ず細菌培養と感受性試験を行なって、効能の期待される抗生物質を選択することが推奨されています。
Photo courtesy of Equine Vet J. 2018 Jul;50(4):465-469.
参考文献:
[1]Bergren AL, Abuja GA, Bubeck KA, Spoormakers TJP, Garcia-Lopez JM. Diagnosis, treatment and outcome of cranial nuchal bursitis in 30 horses. Equine Vet J. 2018 Jul;50(4):465-469.
[2] Garcia-Lopez JM, Jenei T, Chope K, Bubeck KA. Diagnosis and management of cranial and caudal nuchal bursitis in four horses. J Am Vet Med Assoc. 2010 Oct 1;237(7):823-9.
[3] Beavers KN, McCauley CT, Rademacher N. What Is Your Diagnosis? Cranial nuchal bursitis. J Am Vet Med Assoc. 2017 Jul 15;251(2):149-151.