馬の日帰り手術のリスク
話題 - 2022年12月08日 (木)

馬という動物にとって、馬運車での輸送は、肉体的負担やストレスの多い行為であるため、馬体への影響を考慮してあげることが大切です。
ここでは、馬の日帰り手術で起こるような、輸送、絶食、全身麻酔などの負荷が、馬体に与える影響について調査した知見を紹介します。この研究では、8頭の健常馬を用いて、安静時、輸送後、絶食後、全身麻酔の24,48,72時間後における、糞便内の細菌組成の遺伝子学的解析が行なわれました。
参考文献:
Schoster A, Mosing M, Jalali M, Staempfli HR, Weese JS. Effects of transport, fasting and anaesthesia on the faecal microbiota of healthy adult horses. Equine Vet J. 2016 Sep;48(5):595-602.
結果としては、輸送、絶食、全身麻酔などのストレスにより、腸内細菌の系統、種類、順序、属菌などの相対存在量に有意な変化が認められました。具体的には、安静時と比較した場合、輸送ストレスによって、クロストリジウム菌の相対存在量が有意に減少しており、また、絶食ストレスにより、リケッチア菌の相対存在量も有意に減少していました。そして、細菌叢のアルファ多様性は無変化であったものの、倹約分析においては、麻酔ストレスによって、細菌叢の構成菌種や構造に有意な変化が生じたことも分かりました。

このため、輸送、絶食、全身麻酔などのストレスが馬に掛かることで、腸細菌叢の菌数や菌種バランスに悪影響が出る可能性が示唆されました。特に、実際の臨床症例において、関節鏡などの選択的手術を行なう際には、手術の前夜から絶食させて、当日に輸送して、到着後にすぐ麻酔をかけるという流れになることが多く、輸送、絶食、全身麻酔の3つが複合的に馬体への負荷を生み出すことから、腸内細菌叢をより広範に攪乱して、消化管機能に異常をきたすリスクが高いと推測されます。また、術前や術後に抗生物質や抗炎症剤が投与されると、更に、腸内細菌叢への悪影響が増強されると考えられます。
一般的に、馬の腸内細菌叢の変化が引き金となって起こり得る疾患としては、大腸炎、蹄葉炎、グラスシックネスなどが知られており、また、馬の全身麻酔後には、下痢や疝痛が続発することもあります。今回の研究では、糞便のみが調査対象となっており、消化管内の環境変化については解析されていませんでしたが、輸送、絶食、全身麻酔による馬体への負荷から、腸内細菌叢への多様な変化が誘導されたことから、今後の研究では、腸内容物の組成や腸管蠕動、腸壁透過性、および、菌血症や内毒素血症などの有無や重篤度についても評価することで、どのような病態が継発されるかを解明する必要があると述べられています。

この研究では、輸送は1時間、絶食は12時間、全身麻酔は6時間というプロトコルになっており、実際の臨床症例における選択的手術に比べると、絶食はやや長く(通常は8時間の絶食)、麻酔は極めて長い(通常の手術での全身麻酔は2~3時間)と言えます。このため、この三つの影響を相対的に評価するには、各負荷に複数段階を持たせた実験系(全身麻酔時間を2,4,6時間にして比較する等)を要すると推測されます。また、絶食後に全身麻酔をした場合など、複合的な負荷による腸内細菌叢の変化は解析されておらず、今後の検討課題であると言えそうです。
Photo courtesy of Equine Vet J. 2016 Sep;48(5):595-602. (doi: 10.1111/evj.12479.)
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