馬の病気:支持靭帯炎
馬の運動器病 - 2013年09月01日 (日)

遠位支持靭帯炎(Distal check ligament desmitis)について。
遠位支持靭帯(=深屈腱の副靭帯:Accessory ligament of deep digital flexor tendon)は、深屈腱を第三中手骨・第三中足骨の近位掌側部(Palmar aspect of proximal third metacarpal/metatarsal bone)につなぎ止めている結合組織で、近位部では手根関節の総掌側靭帯(Common palmar ligament of carpus)へと連結し、遠位部では繊維束(Fibrous bundle)として深屈腱を周回した後、浅屈腱の背側面(Dorsal surface of superficial digital flexor tendon)に達しています。遠位支持靭帯は、深屈腱よりも低い弾性係数(Elasticity modulus)と、深屈腱の三分の一程度の張力強度(Tensile strength)を持ち、深屈腱の過剰伸展(Over-stretching)を予防するとともに、歩様の尾側相(Caudal phase)では深肢屈筋(Deep digital flexor muscle)の収縮力を要することなく、受動性弾性力(Passive elastic energy)を作り出すことで、下肢部関節郡(Distal limb joints)の屈曲を起こさせる機能を担っています。
遠位支持靭帯炎は、八歳以上の中高年齢馬の前肢に好発し、ポニーやウォームブラッド等の品種、障害飛越(Show jumping)や馬場馬術(Dressage)などの使役馬に多く見られることが知られています。病因(Etiology)としては、球節屈曲時における遠位支持靭帯の過緊張(Excessive tension)が挙げられ、加齢による遠位支持靭帯内の線維性コラーゲンの減少(Decrease of fibrillar collagen)が発症素因(Predisposing factors)であると考えられています。後肢の遠位支持靭帯炎は、クォーターホースに多く見られ、種子骨遠位靭帯炎(Distal sesamoidean desmitis)に併発する病態も報告されています。
遠位支持靭帯炎の症状としては、急性発現性(Acute onset)の中程度~重度跛行(Moderate to severe lameness)、管骨近位掌側部における腫脹(Swelling)、熱感(Heat)、圧痛(Pain on palpation)などを呈し、浅屈腱炎や深屈腱炎(Superficial/Deep digital flexor tendinitis)に併発した症例では、触診によって腱と支持靭帯の境界が不明瞭に触知されることもあります。また、慢性病態によって支持靭帯の硬縮(Check ligament contraction)を起こした場合には、球節の屈曲性肢変形症(Fetlock flexural limb deformity)(いわゆる突球)が認められる場合もあります。遠位支持靭帯炎の確定診断(Definitive diagnosis)は超音波検査(Ultrasonography)によって下され、靭帯の肥厚化(Enlargement)、反響輝度の低下(Decreased echogenicity)、背側および掌側辺縁の不規則性(Irregular dorsal/cranial borders)などが認められ、浅屈腱炎や深屈腱炎に併発した病態では、腱と靭帯のあいだに癒着形成(Adhesion formation)が見られる場合もあります。
遠位支持靭帯炎の治療では、急性病態においては、馬房休養(Stall rest)(最低三ヶ月、時には一年以上)と、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与による保存性療法(Conservative therapy)が行われ、休養開始の三ヶ月後から毎月一回の超音波検査によって、治癒過程をモニタリングする指針が推奨されています。浅屈腱炎や深屈腱炎を併発した症例や、六ヶ月以上の馬房休養によっても跛行や超音波上の異常所見が改善しない慢性症例では、遠位支持靭帯切断術(Distal check ligament desmotomy)によって、“骨-靭帯-腱-骨軸”の伸長(Elongation of bone-ligament-tendon-bone axis)を施し、遠位支持靭帯の緊張緩和(Tension release)と治癒促進(Healing enhancement)、および遠位支持靭帯炎の再発防止が試みられる事もあります。遠位支持靭帯炎の予後は一般に中程度~不良(Fair to guarded prognosis)で、靭帯炎が一度以上再発した症例や、浅屈腱炎、深屈腱炎、屈曲性肢変形症などを併発した場合には、有意に予後が悪いことが示唆されています。
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