馬の文献:運動誘発性肺出血(Newton et al. 2002)
文献 - 2022年12月09日 (金)
「調教期の若齢サラブレッドにおける運動誘発性肺出血と炎症性気道疾患の関連性の証拠」
Newton JR, Wood JL. Evidence of an association between inflammatory airway disease and EIPH in young Thoroughbreds during training. Equine Vet J Suppl. 2002; (34): 417-424.
この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)の病因論(Etiology)および危険因子(Risk factor)を検証するため、英国の148頭の調教期の若齢サラブレッド(Young Thoroughbreds during training)における、内視鏡検査(Post-race endoscopic evaluation)と個体情報の比較が行われました。
この研究では、1614回の月毎の検査(Monthly examination)のうち、内視鏡下で確認可能な肺出血(Endoscopically visible hemorrhage)が認められたのは64回で、発症率は4%でしたが、148頭の調査対象馬のうち、一回以上の運動誘発性肺出血の発症が確認された馬は、23%(34/148頭)に上っていました。一方、気管支洗浄(Tracheal wash)の検査によって、血液反応に陽性を示した割合は、51%(824/1614回)の検査、および、89%(131/148頭)の調査対象馬に及んでいました。
この研究では、気道炎症(Airway inflammation)の定量的評価(Quantitative evaluation)のため、スコア0:気道炎症の証拠なし(No evidence of airway inflammation)、スコア1:内視鏡下で中程度~重度の気管支粘液が認められた場合(Moderate or severe endoscopically visible tracheal mucus)、スコア2:気管支洗浄で1000/mL以上の有核細胞が認められた場合(More than 1000 nucleated cells per mL of tracheal wash)、スコア3:気管支洗浄で中程度~支配的な量の好中球が認められた場合(Moderate or predominant amounts of neutrophils in the tracheal wash)、という点数化システムが用いられました。その結果、気道炎症が重篤であるほど、運動誘発性肺出血の発症(内視鏡検査に基づく診断)が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)の結果では、気道炎症のスコア0の場合に比べて、スコア1の場合には三倍近く(調整オッズ比:2.8)、スコア2の場合には十二倍(調整オッズ比:12.0)、スコア3の場合には十一倍近くも(調整オッズ比:10.6)、運動誘発性肺出血の有病率(Prevalence)が高いことが示されました。
このため、馬の運動誘発性肺出血においては、炎症性気道疾患の併発がその発症に関与している可能性が示唆されていますが、このような傾向は、ストレプトコッカス菌などによる細菌感染とは無関係であった事が報告されています。馬の炎症性気道疾患が、運動誘発性肺出血の危険因子になりうるという知見は、数多くの過去の文献でも示されていますが(Robinson and Derksen. Proc AAEP. 1980;26:421, O’Callaghan et al. EVJ. 1987;18:389, Derksen et al. AJVR. 1992;53:15)、その理論立てについては、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんでした。一方、この研究では、気道内に真菌が確認された馬のほうが、運動誘発性肺出血の発症が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、気管支洗浄の検査で真菌物質(Fungal materials)が検出されなかった馬に比べて、少量の真菌物質が検出された馬では、四倍近く(調整オッズ比:3.9)も運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このため、気道の真菌感染の有無と、運動誘発性肺出血の発症の因果関係については、今後の研究で更なる検証を要する、という考察がなされています。
この研究では、馬の年齢が高いほど、運動誘発性肺出血の発症が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、二歳以下の馬に比べて、三歳の馬では二倍以上(調整オッズ比:2.5)、四歳以上の馬では三倍以上も(調整オッズ比:3.4)、運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このように、馬の加齢が、運動誘発性肺出血の危険因子になりうるという知見は、過去の文献でも報告されています(Cook et al. EVJ. 1974;6:45, Chapman et al. Vet Rec. 2000;146:91)。
この研究では、年間を通しての発症状況を見た場合には、秋季が最も運動誘発性肺出血が起こりやすい傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、冬季(11月~1月)に比べて、秋季(8月~10月)では二倍以上も(調整オッズ比:2.5)、運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。この理由としては、秋季においては春季~夏季よりも、蓄積的な運動強度の増加(Cumulative increase in exercise intensity)がなされること、多数のレース参加の時期と重なること、等が挙げられています。
この研究では、調査対象馬を管理していた七人の調教師のうち、一人だけが顕著に運動誘発性肺出血を起こした馬の頭数が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、この一人の調教師の管理馬においては、他の調教師に比べて、二倍以上(調整オッズ比:2.2)も運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このため、各馬の調教法や管理法の違いが、運動誘発性肺出血の発症に関与している可能性が示唆されましたが、この一人の調教師に関するどのような要素が、運動誘発性肺出血の発症増加につながったのか?、という具体的な結論付けは、この論文の考察内ではなされていませんでした。
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この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)の病因論(Etiology)および危険因子(Risk factor)を検証するため、英国の148頭の調教期の若齢サラブレッド(Young Thoroughbreds during training)における、内視鏡検査(Post-race endoscopic evaluation)と個体情報の比較が行われました。
この研究では、1614回の月毎の検査(Monthly examination)のうち、内視鏡下で確認可能な肺出血(Endoscopically visible hemorrhage)が認められたのは64回で、発症率は4%でしたが、148頭の調査対象馬のうち、一回以上の運動誘発性肺出血の発症が確認された馬は、23%(34/148頭)に上っていました。一方、気管支洗浄(Tracheal wash)の検査によって、血液反応に陽性を示した割合は、51%(824/1614回)の検査、および、89%(131/148頭)の調査対象馬に及んでいました。
この研究では、気道炎症(Airway inflammation)の定量的評価(Quantitative evaluation)のため、スコア0:気道炎症の証拠なし(No evidence of airway inflammation)、スコア1:内視鏡下で中程度~重度の気管支粘液が認められた場合(Moderate or severe endoscopically visible tracheal mucus)、スコア2:気管支洗浄で1000/mL以上の有核細胞が認められた場合(More than 1000 nucleated cells per mL of tracheal wash)、スコア3:気管支洗浄で中程度~支配的な量の好中球が認められた場合(Moderate or predominant amounts of neutrophils in the tracheal wash)、という点数化システムが用いられました。その結果、気道炎症が重篤であるほど、運動誘発性肺出血の発症(内視鏡検査に基づく診断)が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)の結果では、気道炎症のスコア0の場合に比べて、スコア1の場合には三倍近く(調整オッズ比:2.8)、スコア2の場合には十二倍(調整オッズ比:12.0)、スコア3の場合には十一倍近くも(調整オッズ比:10.6)、運動誘発性肺出血の有病率(Prevalence)が高いことが示されました。
このため、馬の運動誘発性肺出血においては、炎症性気道疾患の併発がその発症に関与している可能性が示唆されていますが、このような傾向は、ストレプトコッカス菌などによる細菌感染とは無関係であった事が報告されています。馬の炎症性気道疾患が、運動誘発性肺出血の危険因子になりうるという知見は、数多くの過去の文献でも示されていますが(Robinson and Derksen. Proc AAEP. 1980;26:421, O’Callaghan et al. EVJ. 1987;18:389, Derksen et al. AJVR. 1992;53:15)、その理論立てについては、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんでした。一方、この研究では、気道内に真菌が確認された馬のほうが、運動誘発性肺出血の発症が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、気管支洗浄の検査で真菌物質(Fungal materials)が検出されなかった馬に比べて、少量の真菌物質が検出された馬では、四倍近く(調整オッズ比:3.9)も運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このため、気道の真菌感染の有無と、運動誘発性肺出血の発症の因果関係については、今後の研究で更なる検証を要する、という考察がなされています。
この研究では、馬の年齢が高いほど、運動誘発性肺出血の発症が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、二歳以下の馬に比べて、三歳の馬では二倍以上(調整オッズ比:2.5)、四歳以上の馬では三倍以上も(調整オッズ比:3.4)、運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このように、馬の加齢が、運動誘発性肺出血の危険因子になりうるという知見は、過去の文献でも報告されています(Cook et al. EVJ. 1974;6:45, Chapman et al. Vet Rec. 2000;146:91)。
この研究では、年間を通しての発症状況を見た場合には、秋季が最も運動誘発性肺出血が起こりやすい傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、冬季(11月~1月)に比べて、秋季(8月~10月)では二倍以上も(調整オッズ比:2.5)、運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。この理由としては、秋季においては春季~夏季よりも、蓄積的な運動強度の増加(Cumulative increase in exercise intensity)がなされること、多数のレース参加の時期と重なること、等が挙げられています。
この研究では、調査対象馬を管理していた七人の調教師のうち、一人だけが顕著に運動誘発性肺出血を起こした馬の頭数が多い傾向が認められました。そして、ロジスティック回帰解析の結果では、この一人の調教師の管理馬においては、他の調教師に比べて、二倍以上(調整オッズ比:2.2)も運動誘発性肺出血の有病率が高いことが示されました。このため、各馬の調教法や管理法の違いが、運動誘発性肺出血の発症に関与している可能性が示唆されましたが、この一人の調教師に関するどのような要素が、運動誘発性肺出血の発症増加につながったのか?、という具体的な結論付けは、この論文の考察内ではなされていませんでした。
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