ケタミンでの馬の点滴麻酔
話題 - 2022年12月11日 (日)

点滴麻酔は、全静脈麻酔(Total intravenous anesthesia)とも呼ばれ、麻酔薬を持続的に点滴で投与することで全身麻酔を維持する手法で、往診現場でも短時間の手術を実施することが可能となります。ここでは、ケタミンを用いた点滴麻酔に関する知見を紹介します。
参考文献:
Hubbell JA, Aarnes TK, Lerche P, Bednarski RM. Evaluation of a midazolam-ketamine-xylazine infusion for total intravenous anesthesia in horses. Am J Vet Res. 2012 Apr;73(4):470-5.
注意:下記の記述は、あくまで概要解説ですので、実際の施術に際しては、成書もしくは文献の原文を必ず確認して下さい。また、各薬剤の投与量は、馬の年齢や気性、全身状態の重篤さに応じて、常に微調整する必要があることに留意して下さい。
この研究では、以下の1で鎮静後に、2と3で麻酔導入が行なわれました。
導入薬1: キシラジン(1.0mg/kg)の静注
導入薬2: ミダゾラム(0.1mg/kg)の静注
導入薬3: ケタミン(2.2mg/kg)の静注
具体例としては、体重500kgの成馬を倒馬する際には、10%キシラジン溶液5mL(500mg)を静注して、十分に鎮静が掛かったあと、0.5%ミダゾラム溶液10mL(50mg)、および、5%ケタミン溶液22mL(1,100mg)を急速静注することで倒馬します。
そして、倒馬後には、以下の1~3を混和・点滴して麻酔維持が行なわれました。
維持薬1: キシラジン(0.96mg/kg/hr)を持続点滴
維持薬2: ミダゾラム(0.12mg/kg/hr)を持続点滴
維持薬3: ケタミン(1.8mg/kg/hr)を持続点滴
具体例としては、体重500kgの成馬を一時間麻酔する場合には、10%キシラジン溶液4.8mL(480mg)、0.5%ミダゾラム溶液12mL(60mg)、および、5%ケタミン溶液18mL(900mg)の三つを、500mLの生食バッグに入れて、合計で534.8mLの溶液を作成します。そして、成人用点滴ライン(20滴/mL)を用いて、一秒間に約3滴(=2.97滴)の速度で点滴します(輸液装置を使う場合は、予定量534.8mL、時間60分で設定)。
結果としては、6頭の牝馬に70分間の点滴麻酔を実施した場合に、術中のケタミン追加投与を要した馬は4頭でした。点滴麻酔の最中は、心拍数、呼吸数、動脈血圧、心拍出量は、麻酔前と同程度で推移しましたが、動脈酸素分圧と動脈酸素飽和度は麻酔前より低値を示して、酸素運搬量は麻酔開始10~30分で有意に減少しました。
麻酔覚醒では、全頭が最初の試みで起立を果たしており、覚醒スコアの中央値は2(10段階)でした(範囲2~3)。また、覚醒中の各行動までの時間(平均値)は、最初の体動までが2分間、抜管までが6分間、伏臥位になったのが48.8分、最初の起立の試みまでが49.7分となっていました。そして、麻酔後に合併症が確認された馬はいませんでした。
以上の結果から、キシラジン、ミダゾラム、ケタミンの三種類を組み合わせた点滴麻酔によって、約一時間の全身麻酔が維持され、麻酔覚醒もスムーズで、合併症も無かったことから、往診時のフィールド手術のための全身麻酔として有用であると考えられました。ただ、術中の体動を制御するため、ケタミンの追加投与を要した馬が4/6頭いたため、疼痛の強い術式の場合には、追加投与薬の準備をしておくことが重要です。なお、この研究の術式は、他の研究目的での抹消神経組織への注射措置で、中程度の疼痛を伴う術式であったと推測されます。
また、この研究は、二次診療施設での実験馬を対象にした麻酔であったため、全頭に気管挿管が施されましたが、介助呼吸は実施されず、自発呼吸が止まった馬はいませんでした。また、麻酔と覚醒を含めて約2時間の横臥位のあいだ、馬体は柔らかいマット上に載せられていました。そして、馬用の麻酔覚醒室を用いて、ロープでの介助起立が実施されたことも、良好な麻酔覚醒が達成された要因であると推測されます。やはり、点滴麻酔においても、麻酔事故の予防のため、適切なマットの使用や、起立介助が重要だと考えられます。
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