馬の文献:運動誘発性肺出血(Newton et al. 2005)
文献 - 2022年12月13日 (火)
「英国の競走馬における鼻出血の危険因子:運動衝撃誘発性の外傷が運動誘発性肺出血の病因に関わっているという証拠」
Newton JR, Rogers K, Marlin DJ, Wood JL, Williams RB. Risk factors for epistaxis on British racecourses: evidence for locomotory impact-induced trauma contributing to the aetiology of exercise-induced pulmonary haemorrhage. Equine Vet J. 2005; 37(5): 402-411.
この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)の病因論(Etiology)を検証するため、1996~1998年にかけて、22万回以上の英国のサラブレッド競走における、レースおよび各馬のデータ解析が行われました。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析(Multi-variable logistic regression analysis)の結果によると、平地レース(Flat race)に比べて、二種類の障害飛越レース(Hurdle and steepchase race types)では、鼻出血を発症する確率が二倍~三倍も高い(オッズ比:2.5~3.1)ことが示されました。このため、競走馬の運動誘発性肺出血では、障害飛越の着地時における衝撃(Concussion at landing of jumping)など、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事が示唆されました。そして、着地の衝撃が肺組織へと伝わっていく過程で、胸腔の断面積(Cross-sectional area of pleural cavity)が狭くなっている背尾側領域(Dorso-caudal lung region)において衝撃が集積されて(馬の横隔膜は馬体の頭尾側方向軸に対して、著しく斜めになっているため)、肺出血の病変が好発する結果につながっている、という考察がなされています。
この研究では、障害飛越レースの馬のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、馬場状態が良好な場合に比べて、馬場状態が硬い場合(“Firm”)には、鼻出血を発症する確率が二倍~三倍も高い(オッズ比:2.6~3.0)ことが示されました。これも、上述の解析結果と同様に、競走馬の運動誘発性肺出血において、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事(地面が硬いほど着地時の衝撃も大きい)を示唆するデータである、という考察がなされています。
この研究では、各馬がレースに使われている年数を見ると、初年度に比べて、二年目~四年目のほうが、鼻出血を発症する確率が二倍以上も高い(オッズ比:2.6~2.8)ことが示されました(一年目では有意な影響なし)。このように、馬の年齢が高いほど運動誘発性肺出血の有病率(Prevalence)が高いという傾向は、他の文献の知見とも合致していました(Raphel and Soma. AJVR. 1982;43:1123, Newton and Wood. EVJ Suppl. 2002;34:417)。これは、競走馬の運動誘発性肺出血においては、肺組織への反復性の緊張性損傷(Repetitive strain injury of lung tissue)がその発症に関わっている事(Schroter et al. EVJ. 1998;30:186 and EVJ Suppl. 1999;30:34)を裏付けるデータである、という考察がなされています。
この研究では、レースが行われた季節を見ると、冬季(11~1月)に比べて、春季(2~4月)のほうが、鼻出血を発症する確率が六割も高い(オッズ比:1.6)ことが示されました(夏季および秋季では有意な影響なし)。今回の研究の対象馬では、春季がレースおよび調教の最終時期に当たるため、春季において運動誘発性肺出血の発症率(Incidence)が高いという傾向は、肺組織へのダメージの蓄積(Accumulation)に起因していると推測されています。
この研究では、一種類の障害飛越レース(Hurdle race type)のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、オス馬に比べて、牝馬のほうが、鼻出血を発症する確率が半分以下も低い(オッズ比:0.44)ことが示されました。このように、牝馬のほうが運動誘発性肺出血の有病率が高いという傾向は、他の文献の知見とも合致していました(Takahashi et al. JAVMA. 2001;218:1462)。この理由については、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんが、牝馬のほうがオス馬に比べて、重度の故障(=肺組織への損傷につながり易い)を起こした後に、繁殖用に転用される割合が多かった事(オス馬の殆どが去勢馬であったため)の結果として、オス馬における見た目上の発症率が高くなった、という仮説がなされています。
この研究では、一種類の障害飛越レース(Steepchase race type)のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、搭載重量(Weight carried)が150ポンド(68.2-kg)未満の場合に比べて、150ポンド以上の場合では、鼻出血を発症する確率が二倍も高い(オッズ比:2.0)ことが示されました。これも、上述の解析結果と同様に、競走馬の運動誘発性肺出血において、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事(搭載重量が重いほど着地時の衝撃も大きい)を示唆するデータである、という考察がなされています。
この研究の限界点(Limitations)としては、症例馬の取込基準(Inclusion criteria)が鼻出血の臨床症状(Clinical signs)を呈した馬であったため、実際には、内視鏡検査(Endoscopy)でしか発見できないような軽度の運動誘発性肺出血を発症していたケースが、対象馬(Control horse)に含まれていた可能性が高いと推測されています。このため、今回の研究で発見された危険因子は、鼻出血に至るほどの“重篤な”運動誘発性肺出血の発症に関わっている因子である、という限定的な解釈(Interpretation)に留めるべきである、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、鼻出血の症状を示した馬では、そうでない馬に比べて、着順が悪い傾向が認められました。他の文献では、競走馬の着順が良いほど、内視鏡検査で見つかる肺出血の発症率は高いという知見がある反面(Pascoe et al. AJVR. 1981;42:703, MacNamara et al. JAVMA. 1990;196:443, Rohrbach. JAVMA. 1990;196:1563, Lapointe et al. EVJ. 1994;26:482)、着順が悪いほど、外見上の鼻出血の発症率は高いという報告もあります(Kim et al. Korean J Vet Clin Med. 1998;15:417, Mason et al. Equine Exercise Physiology. 1983:57)。このため、競走馬における肺出血の病変自体は、むしろ競走能力が高い馬ほど起こりやすいものの(肺組織における脈管内圧が高いため?)、臨床症状としての鼻出血に至るような重篤な肺出血の病態を呈した場合には、競走能力に悪影響を及ぼしていた、という考察がなされています。
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この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)の病因論(Etiology)を検証するため、1996~1998年にかけて、22万回以上の英国のサラブレッド競走における、レースおよび各馬のデータ解析が行われました。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析(Multi-variable logistic regression analysis)の結果によると、平地レース(Flat race)に比べて、二種類の障害飛越レース(Hurdle and steepchase race types)では、鼻出血を発症する確率が二倍~三倍も高い(オッズ比:2.5~3.1)ことが示されました。このため、競走馬の運動誘発性肺出血では、障害飛越の着地時における衝撃(Concussion at landing of jumping)など、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事が示唆されました。そして、着地の衝撃が肺組織へと伝わっていく過程で、胸腔の断面積(Cross-sectional area of pleural cavity)が狭くなっている背尾側領域(Dorso-caudal lung region)において衝撃が集積されて(馬の横隔膜は馬体の頭尾側方向軸に対して、著しく斜めになっているため)、肺出血の病変が好発する結果につながっている、という考察がなされています。
この研究では、障害飛越レースの馬のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、馬場状態が良好な場合に比べて、馬場状態が硬い場合(“Firm”)には、鼻出血を発症する確率が二倍~三倍も高い(オッズ比:2.6~3.0)ことが示されました。これも、上述の解析結果と同様に、競走馬の運動誘発性肺出血において、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事(地面が硬いほど着地時の衝撃も大きい)を示唆するデータである、という考察がなされています。
この研究では、各馬がレースに使われている年数を見ると、初年度に比べて、二年目~四年目のほうが、鼻出血を発症する確率が二倍以上も高い(オッズ比:2.6~2.8)ことが示されました(一年目では有意な影響なし)。このように、馬の年齢が高いほど運動誘発性肺出血の有病率(Prevalence)が高いという傾向は、他の文献の知見とも合致していました(Raphel and Soma. AJVR. 1982;43:1123, Newton and Wood. EVJ Suppl. 2002;34:417)。これは、競走馬の運動誘発性肺出血においては、肺組織への反復性の緊張性損傷(Repetitive strain injury of lung tissue)がその発症に関わっている事(Schroter et al. EVJ. 1998;30:186 and EVJ Suppl. 1999;30:34)を裏付けるデータである、という考察がなされています。
この研究では、レースが行われた季節を見ると、冬季(11~1月)に比べて、春季(2~4月)のほうが、鼻出血を発症する確率が六割も高い(オッズ比:1.6)ことが示されました(夏季および秋季では有意な影響なし)。今回の研究の対象馬では、春季がレースおよび調教の最終時期に当たるため、春季において運動誘発性肺出血の発症率(Incidence)が高いという傾向は、肺組織へのダメージの蓄積(Accumulation)に起因していると推測されています。
この研究では、一種類の障害飛越レース(Hurdle race type)のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、オス馬に比べて、牝馬のほうが、鼻出血を発症する確率が半分以下も低い(オッズ比:0.44)ことが示されました。このように、牝馬のほうが運動誘発性肺出血の有病率が高いという傾向は、他の文献の知見とも合致していました(Takahashi et al. JAVMA. 2001;218:1462)。この理由については、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんが、牝馬のほうがオス馬に比べて、重度の故障(=肺組織への損傷につながり易い)を起こした後に、繁殖用に転用される割合が多かった事(オス馬の殆どが去勢馬であったため)の結果として、オス馬における見た目上の発症率が高くなった、という仮説がなされています。
この研究では、一種類の障害飛越レース(Steepchase race type)のみを対象とした多因子ロジスティック回帰解析の結果によると、搭載重量(Weight carried)が150ポンド(68.2-kg)未満の場合に比べて、150ポンド以上の場合では、鼻出血を発症する確率が二倍も高い(オッズ比:2.0)ことが示されました。これも、上述の解析結果と同様に、競走馬の運動誘発性肺出血において、運動衝撃誘発性の外傷がその発症に関わっている事(搭載重量が重いほど着地時の衝撃も大きい)を示唆するデータである、という考察がなされています。
この研究の限界点(Limitations)としては、症例馬の取込基準(Inclusion criteria)が鼻出血の臨床症状(Clinical signs)を呈した馬であったため、実際には、内視鏡検査(Endoscopy)でしか発見できないような軽度の運動誘発性肺出血を発症していたケースが、対象馬(Control horse)に含まれていた可能性が高いと推測されています。このため、今回の研究で発見された危険因子は、鼻出血に至るほどの“重篤な”運動誘発性肺出血の発症に関わっている因子である、という限定的な解釈(Interpretation)に留めるべきである、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、鼻出血の症状を示した馬では、そうでない馬に比べて、着順が悪い傾向が認められました。他の文献では、競走馬の着順が良いほど、内視鏡検査で見つかる肺出血の発症率は高いという知見がある反面(Pascoe et al. AJVR. 1981;42:703, MacNamara et al. JAVMA. 1990;196:443, Rohrbach. JAVMA. 1990;196:1563, Lapointe et al. EVJ. 1994;26:482)、着順が悪いほど、外見上の鼻出血の発症率は高いという報告もあります(Kim et al. Korean J Vet Clin Med. 1998;15:417, Mason et al. Equine Exercise Physiology. 1983:57)。このため、競走馬における肺出血の病変自体は、むしろ競走能力が高い馬ほど起こりやすいものの(肺組織における脈管内圧が高いため?)、臨床症状としての鼻出血に至るような重篤な肺出血の病態を呈した場合には、競走能力に悪影響を及ぼしていた、という考察がなされています。
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