疝痛馬の痛がり方による手術適応の判断
話題 - 2022年12月13日 (火)

疝痛馬を診察する獣医師にとって、いつ開腹術が必要だと判断するかは迷い処かもしれません。
ここでは、疝痛馬への鎮痛剤投与と、開腹術に踏み切るという判断との関連性を評価した知見を紹介します。この研究では、米国のヴァージニア州の馬病院において、米国馬臨床医協会の会員などへの聞き取りを行ない、疝痛馬の診療における鎮痛剤の投与、疼痛症状の度合い、および、開腹術を要したかの判断についての関連性が調査され、オッズ比(OR)の算出による危険因子の解析が行なわれました。
参考文献:
White NA, Elward A, Moga KS, Ward DL, Sampson DM. Use of web-based data collection to evaluate analgesic administration and the decision for surgery in horses with colic. Equine Vet J. 2005 Jul;37(4):347-50.
結果としては、調査対象となった119頭の疝痛馬のうち、開腹術が必要になったのは28頭であり、腹痛状態の重篤度や鎮痛剤の投与が、開腹術の必要性と相関していました。具体的に見ると、疝痛症状に波が無く、継続的な痛がり方をした馬では、開腹術を要する確率が100倍近く高くなる(OR=96.5)ことが分かりました。また、内科治療の内容に関しては、二度目の鎮痛剤投与を要した馬では、開腹術を要する確率が15倍近く高くなる(OR=14.9)ことも示されています。このため、疝痛馬の診察の場において、保存療法を続けるか、それとも、開腹術に踏み切るかの判断では、疝痛馬の痛がり方が重要な基準になっていることが再確認されました。

この研究では、疝痛馬の臨床症状のうち、見た目の疼痛症状が漸減と漸増を繰り返す症例よりも、ずっと同じレベルの痛がり方を継続する症例のほうが、開腹術を要する確率が高いことが示されました。この要因としては、結腸食滞などの内科治療の適応病態では、食滞箇所の上流におけるガス貯留と分散を繰り返すことで、疝痛症状に波が出ることが多いのに対して、腸捻転のような外科的疝痛では、捻じれが自然治癒するケースは少なく、重篤な痛みが継続する症例が多い、という特徴があるためと推測されています。
一方、この研究では、投与された“鎮痛剤”として、フルニキシンメグルミン(91%の症例)、キシラジン(54%の症例)、ブトルファノール(29%の症例)、デトミジン(7%の症例)などが含まれました。そして、複数回の鎮痛剤投与を要した場合には、開腹術となる確率が高いことが示されましたが、鎮痛剤の使用状況については調査されていませんでした。このため、今後の研究では、鎮痛剤の種類や投与量、投与頻度、投与経路などを調査して、どのレベルの鎮痛処置に不応性であれば開腹術を要するのか、という点を解析すべきだと考察されています。
そして、前述の、継続的な痛みは開腹術を要する、という判断基準においては、鎮痛剤の投与によっても疝痛症状が改善しない(鎮痛剤が効かなかった)という所見も含まれていると予測されます。この場合には、やはり鎮痛剤の種類や投与量によって、鎮痛作用は大きく異なると予測され、更に、此処の馬の気性によっては、腹痛症状をどこまで前掻きなどで表現するかは、性格的な多様性が大きいと言えます。その意味では、各症例の過去の疝痛歴をクライアントに聞いて、疝痛時の痛がり方の個体差を推測することで、鎮痛剤の効き目を出来る限り正確に評価できると考えられます。

また、この研究では、疝痛馬の検査所見と、開腹術の必要性とのあいだにも相関が認められ、聴診で腸蠕動が低下していた馬では、開腹術を要する確率が八倍近く高くなる(OR=7.6)ことも分かりました。これは、腸捻転などの結腸の絞扼性疾患では、腸蠕動が減退するケースが多いことを現わしていたと推測されます。一方で、蠕動低下の度合いについては調査されていなかった事から、今後の研究では、蠕動音の頻度や音量の低下、音質、蠕動持続時間などを詳細に調査して、どの所見が、開腹術をするという判断に有用であるかを検証するべきと言えます。
そして、この研究の聞き取りでは、直腸検査で異常所見が見つかった馬は、開腹術を要する確率が1/3まで低くなる(OR=0.33)というデータも示されました。この原因は特定されていませんが、食滞や鼓脹などの内科的疝痛の割合が多かったとすると、直腸検査でガス性膨満などが触知されていた可能性があります。このため、開腹術の必要性を判断する基準として、直腸検査の重要性が低いという訳ではないと考察されています。
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