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疝痛馬での開腹術の適応における“決定木”

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疝痛馬を診察する獣医師にとって、いつ開腹術が必要だと判断するかは迷い処かもしれません。

ここでは、疝痛馬の症状や検査所見に基づいて、開腹術の適応を判断するための決定木(ディシジョンツリー)の作成を試みた知見を紹介します。この研究では、デンマークのコペンハーゲン大学において、1994~1997年にかけて、490頭の疝痛馬の症状や検査所見に基づいて、重症化に関与する危険因子のオッズ比(OR)算出、および、開腹術の判断をするための樹形図のような決定木の作成が行なわれました。

参考文献:
Thoefner MB, Ersbøll BK, Jansson N, Hesselholt M. Diagnostic decision rule for support in clinical assessment of the need for surgical intervention in horses with acute abdominal pain. Can J Vet Res. 2003 Jan;67(1):20-9.

この研究では、490頭の疝痛馬のうち84頭に開腹術が実施され、残りの406頭と比較することで、開腹術を要するほどの重症化に関わる危険因子が解析されました(下表、赤字はORが10以上)。その結果、疝痛の重症化リスクを10倍以上も上昇(OR>10)させる所見としては、中程度~重度の疼痛、口腔粘膜のチアノーゼ、直腸検査での小腸膨満、腹水の赤色化、などが含まれました。なお、これとは別に、血液検査の所見の中でも、PCV値や乳酸濃度の上昇などが、疝痛の重症化と関連していることも示されました。

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この研究では、疼痛が強い症例ほど、開腹術を要するケースが多い(重症化が懸念される)という傾向が再確認されましたが、疼痛の起こり方に関する違いは考慮されていませんでした。一般的に、鎮痛剤でも抑えられない疼痛、疼痛に波が無くて、ずっと継続する症例、および、疼痛の表現方法(前掻き、膁部見返り、転げ回る、呻吟声)の数が多いなどの場合では、より深刻な疼痛である場合が多いと言えます。また、そのような疼痛の表現方法を点数化して、複数の症状を総括した「疼痛スコア」を算出する手法もあります。さらに、経鼻カテーテルでの胃除圧や、曳き馬運動することで、疼痛症状が軽減するか否かも、疼痛の深刻さを判断する上で重要だと考えられます。

この研究では、鎮痛剤が不要だった症例に比較して、鎮痛剤の投与を要した症例のほうが、重症化リスクが二倍以上高くなる(OR=2.61 or 2.79)ことが示されました。一方で、鎮痛剤の種類を見ると、オピオイド(ブトルファノール等)とフルニキシンメグルミン(バナミン等)のあいだでは有意差はありませんでした。ただ、実際の臨床症例では、鎮痛剤の投与量や投与頻度、投与間隔、投与後の何時間で疼痛症状が再発するか等も、疼痛の重篤度を判断する上で重要であると考えられます。

この研究では、疝痛馬の症状や検査所見のうち、疼痛の重篤度、体温、直腸検査の所見、PCV値、腹水の色などに基づいて、開腹術の適応を判断するための「決定木(Decision tree)」(下図)が作成されました。また、この決定木に基づいて、他の症例群における鑑別能を評価したところ、感度が52%で、特異度が95%となっていました。そして、決定木に基づいた開腹術の適応判断では、陽性的中率が68%で、陰性的中率は91%であったことが報告されています。つまり、開腹術による治療が必要な疝痛馬においては、決定木によって開腹術が不要と判断されてしまうケースは10頭に一頭程度しか無い(9%)ことが示唆されます。一方、開腹術による治療が不要な疝痛馬でも、決定木によって開腹術が必要と判断されてしまうケースが3頭に一頭ほど起こり得る(32%)と推測されます。

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ただ、上図の決定木には問題も多く、疼痛が重度または非常に強い症例であっても、体温低下が起きていなければ、開腹術は不要と判断されてしまうことから、直腸温の計測が不確実な個体では(直腸壁が弛緩している高齢馬など)、開腹術のタイミングを見誤ってしまうリスクもあります。また、腹水の色が正常で、直検で小腸膨満が触知されなければ、開腹術は不要とされてしまいますが、空腸絞扼の初期病態では、エコー画像でしか小腸膨満を探知できない場合や、腹水に異常値が出るまでに時間が掛かる可能性もあります。このため、疼痛が鎮痛剤によって制御できるか否かの違いや、エコー検査所見、血中乳酸値なども判断基準に加えることで、決定木による開腹術の適応判断が、より信頼性の高いものになっていくと考えられます。

なお、今回の研究で作成された決定木は、特殊なコンセプトではなく、多くの馬臨床医の頭の中には既に構築されているのかもしれません。たとえば、一日2回のバナミンで痛みが制御できなければ、疼痛の強さから開腹術の要ありと判断したり、たとえ痛みが軽くても、直腸検査で小腸膨満が触れたらすぐに二次病院に搬送する、などが挙げられます。しかし、そのような頭の中の判断基準についても、決定木として明文化して、その信頼性を数字で確認する努力が必要なのかもしれません。その結果、もし陰性的中率が低くなれば、開腹術を適応するという判断が遅れがちになっている、という現状が明らかにできて、その後の診療の進め方を向上できると考えられます。

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