高齢馬の疝痛での治療と予後
話題 - 2022年12月22日 (木)

近年、馬の寿命が延びて、高齢馬の飼養頭数が増えるに連れて、高齢期における病気の治療や健康管理が重要になってきています。
ここでは、高齢馬での疝痛における治療と予後を調査した知見を紹介します。この研究では、米国のペンシルバニア大学の馬病院において、2000~2006年にかけて疝痛の診療を受けた300頭の高齢馬(16歳以上)での治療内容や生存率が、300頭の対照馬(4~15歳、疝痛馬)と比較され、更に、オッズ比(OR)の算出によって危険因子が解析されました。
参考文献:
Southwood LL, Gassert T, Lindborg S. Colic in geriatric compared to mature nongeriatric horses. Part 2: Treatment, diagnosis and short-term survival. Equine Vet J. 2010 Oct;42(7):628-35.
結果としては、高齢馬に起こった消化管疾患としては、有茎性脂肪腫(24%)が最も多いことが分かり、次いで、大結腸捻転(9%)、小腸炎(5%)、腸破裂(4%)となっていました(下表)。一方、対照馬に起こった消化管疾患としては、大結腸食滞(12%)が最も多く、次いで、大結腸捻転(10%)、大結腸右背方変位(9%)、腎脾間捕捉(7%)と続いていました。また、両群での生存率の違いは原因疾患によって多様性があり、高齢馬において生存率が低下する疾患としては、大結腸食滞、盲腸食滞、大腸炎、小腸炎などが挙げられました。

また、全体としての生存率を見ると、対照馬(76%)に比較して、16歳以上の高齢馬(59%)および20歳以上の高齢馬(53%)では有意に低くなることが分かり、危険因子の解析では、高齢馬では死亡率が二倍以上も高くなることが示されました(OR=2.19~2.76)。また、内科的疝痛での生存率は、対照馬(80%)に比べて、16歳以上(58%)および20歳以上の高齢馬(53%)では有意に低く、高齢馬では死亡率が三倍ほど高くなりました(OR=2.86~3.52)。さらに、外科的疝痛での生存率は、対照馬(70%)に比べて、16歳以上(59%)および20歳以上の高齢馬(53%)では有意に低くなりました。
そして、疝痛の原因疾患を分類したところ、特に、非絞扼性疾患、および、非絞扼性の大腸疾患では、高齢馬のほうが生存できない確率が十倍も高くなる(OR=9.5~11.25)ことが分かりました。そして、高齢馬にて有病率が高かった小腸疾患や、絞扼性の小腸疾患では、生存率が八割を下回ったものは無く、対照馬と比較しても、生存率には有意差が無いことが示されました。

以上の結果から、高齢馬の疝痛では、若齢や壮齢の馬よりも死亡率が高いことが示されましたが、その要因は、若い馬では比較的に治り易いと言われる、大腸疾患や非絞扼性の疾患でも、高齢馬では予後不良になるケースが多いことが影響していました。このため、高齢馬の疝痛を診察する際には、結腸食滞(いわゆる便秘疝)などの絞扼しない大腸疾患においても、慎重に確定診断を下して、病態ステージを精査して、急激な容態悪化を見逃さないようにしたり、若い馬よりも積極的に開腹術の適応を検討するべきだと考察されています。
過去の文献[1]では、若齢馬よりも高齢馬のほうが疝痛の予後が悪い理由として、有茎性脂肪腫などの絞扼性の小腸疾患の割合が多いことが挙げられており、今回の研究では、相反したデータが示されたと言えます。ただ、今回の調査対象は、二次診療施設の入院症例であったことから、絞扼性の小腸疾患でも、早期に開腹術が実施されれば、高齢馬と若齢馬で同様な治癒が期待できると提唱されています。さらに、非絞扼性の大腸疾患は、保存性療法で治癒することも多いため、それをこじらせて、二次診療施設に搬入された時点で、かなり病態が悪化していたと推測され、高齢馬の自然治癒力の低さが、生存率の低下として表れやすかった、という考察もなされています。

なお、この研究では、術中に安楽殺が選択される確率は、20歳以上の馬では、対照馬の二倍以上も高い(OR=2.06)ことも報告されており、高齢馬における生存率の低さには、経済的に高額治療を断念したという要因も関与していると推測されています。また、高齢馬群の300頭のうち、30歳以上の馬は僅か8頭であり、そのうち開腹術が実施されたのは1頭のみでした。このため、超高齢馬の疝痛では、二次診療施設に搬入される前に予後不良となったり、経済的な理由で開腹術を断念した症例も多かったと考えられました。
また、高齢馬の疝痛では、結腸食滞や盲腸食滞でも予後が悪くなり易いことを考えると、痛みの重篤度やエコー検査所見のほかにも、腹水検査も併用することで、病態の悪化や良化を監視することが有用だと考えられます。今回の研究と同じ症例群を調査した文献[2]では、対照馬に比べて、疝痛の高齢馬の腹水では、蛋白濃度が有意に高いという知見も示されています。
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参考文献:
[1] Krista KM, Kuebelbeck KL. Comparison of survival rates for geriatric horses versus nongeriatric horses following exploratory celiotomy for colic. J Am Vet Med Assoc. 2009 Nov 1;235(9):1069-72.
[2] Southwood LL, Gassert T, Lindborg S. Colic in geriatric compared to mature nongeriatric horses. Part 1: Retrospective review of clinical and laboratory data. Equine Vet J. 2010 Oct;42(7):621-7.
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