馬が蹴ったときの蹄鉄の有無の差
話題 - 2022年12月24日 (土)

蹴りグセのある気性の難しい馬では、後肢で蹴ったときのダメージを少しでも軽減するため、後肢の蹄をハダシにすることもありますが、本当にそれは効果があるのでしょうか?
ここでは、蹄鉄の有無によって、馬が蹴ったときの破壊力が変化するのかを実験した知見を紹介します。この研究では、34頭の馬の屠体頭部(眼窩部)に対して、角質素材(ハダシの蹄を再現)または鋼鉄素材のインパクター(蹄鉄を着けた蹄を再現)を7~10m/秒の速度で衝突させて、その際の最大負荷の物理的測定、および、CT検査による骨折状態の解析が行なわれました。
参考文献:
Joss R, Baschnagel F, Ohlerth S, Piskoty G, Fürst A, Bischofberger AS. The Risk of a Shod and Unshod Horse Kick to Create Orbital Fractures in Equine Cadaveric Skulls. Vet Comp Orthop Traumatol. 2019 Jul;32(4):282-288.
結果としては、眼窩骨の骨折が起こる確率は、鋼鉄素材(70.6%)に比べて、角質素材(23.5%)のほうが低いことが分かり(下写真の左側眼窩)、また、CT検査では、前頭骨、側頭骨、頬骨、類骨、眼窩縁、眼窩上孔、顎関節にまで損傷が及んでいました。そして、骨折頻度は両群で有意差が無かったものの、骨折の重篤度は、角質素材よりも鋼鉄素材のほうが高いという傾向にありました。

以上の結果から、馬の頭蓋骨への衝突試験においては、ハダシの蹄を模した衝撃のほうが、蹄鉄を着けた蹄を模した衝撃に比べて、骨折の確率が低いことが確認されました。このため、馬を多頭で放牧飼養するときには、後肢の蹄鉄を外しておくことで、蹴ることによる外傷のリスクを軽減できるという考察がなされています。
この研究では、衝撃による最大負荷は、角質素材では平均4,200ニュートン、鋼鉄素材では平均5,600ニュートンで、鋼鉄のほうが33%ほど高くなっていました。一方で、負荷が掛かっている時間(インパクターとの接触時間)を見ると、角質素材では平均2.44ミリ秒、鋼鉄素材では平均1.79ミリ秒で、逆に角質のほうが36%ほど長くなっていました。このため、衝撃力の総和を表す曲線下面積(底辺が時間で高さが最大負荷)では、角質素材のほうが僅かに大きいことになります。

つまり、蹄鉄を着けている馬が、骨組織を蹴った場合には、最大負荷こそ大きいものの、短時間で跳ね返ってくれるのに対して、ハダシの蹄では、角質の柔軟性の分だけ接触時間が長くなり、対象物へと伝わる衝撃力の総和が大きくなります。ですので、例えば、ヒトが馬に肋骨を蹴られた場合には、ハダシのほうが骨折はしにくくなりますが、もし、ヒトが馬にお腹を蹴られた場合には、内臓に及ぶ衝撃力は、ハダシでも蹄鉄を着けていても殆ど変わらない(むしろハダシのほうが数%大きい)ことが予測されます(もちろん馬同士で蹴った場合にも同じ)。
そう考えると、馬の後肢の蹄鉄を外しておけば、蹴られても安心ということは決して無く、馬に蹴られないようなハンドリングと取り扱いを徹底して、ヘルメットやベストなどの安全具を常に装着することが重要になってきます。上述のように、ハダシの蹄で蹴られたときの衝撃は平均4,200ニュートンであり、これは428重量キログラムに相当し、ヘビー級のプロボクサーのパンチを遥かに凌ぐと言われていますので、蹄鉄の有無に関わらず、やはり、馬に蹴られないような安全対策が必須になってくると言えます。
Photo courtesy of Vet Comp Orthop Traumatol. 2019 Jul;32(4):282-288.
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