馬の文献:運動誘発性肺出血(Hinchcliff et al. 2009)
文献 - 2022年12月28日 (水)
「フロセマイドによるサラブレッド競走馬の運動誘発性肺出血の予防効果」
Hinchcliff KW, Morley PS, Guthrie AJ. Efficacy of furosemide for prevention of exercise-induced pulmonary hemorrhage in Thoroughbred racehorses. J Am Vet Med Assoc. 2009; 235(1): 76-82.
この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)に有用な予防法を検討するため、167頭のサラブレッド競走馬に対して、フロセマイドの投与時および生食(Saline)の投与時におけるレース後の気管支肺胞内視鏡検査(Tracheobronchoscopy)が行われ、各馬やレースのデータとの比較が行われました。
結果としては、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariable logistic regression analysis)において、フロセマイドの投与時では、生食の投与時に比べて、運動誘発性肺出血を発症している確率が(グレードが1以上)、三倍~四倍も高いことが示され(オッズ比:3.3~4.4)、また、中程度~重度の肺出血(Moderate to severe pulmonary hemorrhage)に至っている確率が(グレードが2以上)、七倍~十一倍も高いことが示されました(オッズ比:6.9~11.0)。また、運動誘発性肺出血の発症率(Incidence)は、生食の投与時時には80%(125/156頭)であったのに対して、フロセマイド投与時には55%(89/161頭)まで低下していました。さらに、120頭の馬に対する交差試験(Crossover test)の結果を見ると、生食の投与時よりもフロセマイド投与時のほうが、肺出血病態が改善(グレードが少1以上減少した場合)した馬が、67.5%(81/120頭)に達していました。
このため、競走馬の運動誘発性肺出血に対しては、レース前のフロセマイドの投与によって、運動誘発性肺出血の予防効果(Preventive effect)および病態改善効果(Severity reducing effect)が期待できることが示唆されました。一般的に、競走馬における運動誘発性肺出血の発症率は80%と言われており(Birks et al. EVJ Suppl. 2002;34:375)、レース中の突然死(Sudden death)の60%程度が肺出血に起因し(Boden et al. EVJ. 2005;37:269)、重篤な運動誘発性肺出血は競走能力の低下(Hinchcliff et al. JAVMA. 2005;227:768)や全般的な健康状態の悪化(Adversely affect overall health)につながる事が示されています(Hinchcliff. Proc AAEP. 2005;51:342)。そして、北米の競馬領域では、92%を超える出走馬に対してフロセマイド投与が実施されており、今回の研究結果から、その投与の正当性(Justification)が立証されたと結論付けられています。
この研究では、無作為性・偽薬対照性・盲検的・交差臨床試験(Randomized, placebo-controlled, blinded, and crossover clinical trial)という研究デザインになっており、試験薬の効能をより客観的に評価(Objective evaluation)できるという長所に加えて、特に、「交差試験」という形式によって、同一馬を対照郡と治療郡の両方として使用する事ができたため、信頼性の高い薬剤効果の評価が可能であった、という考察がなされています。さらに、今回の研究では、トレッドミル上の運動等(Treadmill exercise)の実験モデルではなく、実際のレースに出走した馬を用いた臨床試験であったため、多数の交絡因子(Confounding factors)の制御を要することなく、競走環境(Racing environment)を忠実に再現しながら、フロセマイドによる運動誘発性肺出血の予防効果を試験することができた、という利点が挙げられています。
一般的に、馬に対するフロセマイド投与では、粘液線毛クリアランスの減退(Reduction of mucociliary clearance)が生じるため(Broadstone et al. 1991;4:203)、これによって、血液の頭側進展(Rostral progression of blood)が減少して、内視鏡下での出血量が少なく見えた(つまり、肺出血病態が過小評価された)、という可能性が指摘されています。一方で、フロセマイド投与の結果として気管支拡張(Bronchodilation)が生じた場合には(Kondo et al. Crit Care. 2002;6:81)、血液が前方へと移動しやすくなって、内視鏡下での出血量が多く見えた(つまり、肺出血病態が過大評価された)、という可能性もあります。いずれにしても、これらの作用は限定的で、今回の研究データに有意な影響は与えなかったと考察されています。
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この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)に有用な予防法を検討するため、167頭のサラブレッド競走馬に対して、フロセマイドの投与時および生食(Saline)の投与時におけるレース後の気管支肺胞内視鏡検査(Tracheobronchoscopy)が行われ、各馬やレースのデータとの比較が行われました。
結果としては、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariable logistic regression analysis)において、フロセマイドの投与時では、生食の投与時に比べて、運動誘発性肺出血を発症している確率が(グレードが1以上)、三倍~四倍も高いことが示され(オッズ比:3.3~4.4)、また、中程度~重度の肺出血(Moderate to severe pulmonary hemorrhage)に至っている確率が(グレードが2以上)、七倍~十一倍も高いことが示されました(オッズ比:6.9~11.0)。また、運動誘発性肺出血の発症率(Incidence)は、生食の投与時時には80%(125/156頭)であったのに対して、フロセマイド投与時には55%(89/161頭)まで低下していました。さらに、120頭の馬に対する交差試験(Crossover test)の結果を見ると、生食の投与時よりもフロセマイド投与時のほうが、肺出血病態が改善(グレードが少1以上減少した場合)した馬が、67.5%(81/120頭)に達していました。
このため、競走馬の運動誘発性肺出血に対しては、レース前のフロセマイドの投与によって、運動誘発性肺出血の予防効果(Preventive effect)および病態改善効果(Severity reducing effect)が期待できることが示唆されました。一般的に、競走馬における運動誘発性肺出血の発症率は80%と言われており(Birks et al. EVJ Suppl. 2002;34:375)、レース中の突然死(Sudden death)の60%程度が肺出血に起因し(Boden et al. EVJ. 2005;37:269)、重篤な運動誘発性肺出血は競走能力の低下(Hinchcliff et al. JAVMA. 2005;227:768)や全般的な健康状態の悪化(Adversely affect overall health)につながる事が示されています(Hinchcliff. Proc AAEP. 2005;51:342)。そして、北米の競馬領域では、92%を超える出走馬に対してフロセマイド投与が実施されており、今回の研究結果から、その投与の正当性(Justification)が立証されたと結論付けられています。
この研究では、無作為性・偽薬対照性・盲検的・交差臨床試験(Randomized, placebo-controlled, blinded, and crossover clinical trial)という研究デザインになっており、試験薬の効能をより客観的に評価(Objective evaluation)できるという長所に加えて、特に、「交差試験」という形式によって、同一馬を対照郡と治療郡の両方として使用する事ができたため、信頼性の高い薬剤効果の評価が可能であった、という考察がなされています。さらに、今回の研究では、トレッドミル上の運動等(Treadmill exercise)の実験モデルではなく、実際のレースに出走した馬を用いた臨床試験であったため、多数の交絡因子(Confounding factors)の制御を要することなく、競走環境(Racing environment)を忠実に再現しながら、フロセマイドによる運動誘発性肺出血の予防効果を試験することができた、という利点が挙げられています。
一般的に、馬に対するフロセマイド投与では、粘液線毛クリアランスの減退(Reduction of mucociliary clearance)が生じるため(Broadstone et al. 1991;4:203)、これによって、血液の頭側進展(Rostral progression of blood)が減少して、内視鏡下での出血量が少なく見えた(つまり、肺出血病態が過小評価された)、という可能性が指摘されています。一方で、フロセマイド投与の結果として気管支拡張(Bronchodilation)が生じた場合には(Kondo et al. Crit Care. 2002;6:81)、血液が前方へと移動しやすくなって、内視鏡下での出血量が多く見えた(つまり、肺出血病態が過大評価された)、という可能性もあります。いずれにしても、これらの作用は限定的で、今回の研究データに有意な影響は与えなかったと考察されています。
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