馬の文献:運動誘発性肺出血(Hinchcliff et al. 2010)
文献 - 2022年12月30日 (金)

「サラブレッド競走馬における運動誘発性肺出血の危険因子」
Hinchcliff KW, Morley PS, Jackson MA, Brown JA, Dredge AF, O'Callaghan PA, McCaffrey JP, Slocombe RF, Clarke AF. Risk factors for exercise-induced pulmonary haemorrhage in Thoroughbred racehorses. Equine Vet J Suppl. 2010; (38): 228-234.
この研究では、馬の運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage)の危険因子(Risk factors)を検討するため、744頭のサラブレッド競走馬における、レース後の気管気管支内視鏡検査(Tracheobronchoscopy)と、各馬や各レースのデータとの比較が行われました。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariable logistic regression analysis)において、障害通算出走数が50回以上の馬では、40回未満の馬に比べて、運動誘発性肺出血を発症している確率が、八割近くも高い(オッズ比:1.78)ことが示されました。これは、肺組織における損傷の蓄積(Accumulation of lung tissue damage)が、運動誘発性肺出血の発症を助長する結果につながったためと推測されています(Pascoe et al. AJVR. 1981;42:703)。また、これに関連した要素として、他の文献では、高齢な馬ほど運動誘発性肺出血の有病率(Prevalence)が高いという報告もなされていますが(Takahashi et al. JAVMA. 2001;218:1462, Weideman et al. S Afr Vet Ass. 2003;74:127)、今回の研究では、加齢そのものは運動誘発性肺出血の有意な危険因子とは見なされていませんでした。
この研究では、外気温(Ambient temperature)が摂氏20℃未満の場合には、20℃以上の場合に比べて、運動誘発性肺出血を発症している確率が、八割以上も高い(オッズ比:1.85)ことが示されました。このように、気温の低さと、運動誘発性肺出血の発症率が正の相関(Positive correlation)を示していた理由について、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんが、一般的に、馬が冷たい外気を吸引した際には、下部気道炎症(Lower airway inflammation)を誘発する事が指摘されており(Davis et al. AJVR. 2007;68:185)、これが肺出血の発現を助長していた可能性があるのかもしれません。
この研究では、気管内に粉塵が無い、もしくは、極めて少量しか認められない場合には、中程度~重度の粉塵が吸引されていた場合に比べて、運動誘発性肺出血が発見される割合が、半分以下まで下がる(オッズ比:0.45)ことが示されました。一方で、中程度以上の肺出血の所見(グレード2かそれ以上)が発見される割合は、気管内に粉塵が無い、もしくは、極めて少量しか認められない場合のほうが、二倍近くも高かった(オッズ比:1.86)ことが報告されています。この理由としては、気管内に粉塵が存在することで、微量の血痕を見つけにくかったため、という説明がなされています。
この研究では、レースの30~60分後に内視鏡検査された場合には、30分未満の場合に比べて、運動誘発性肺出血を発見できる確率が、二倍以上も高い(オッズ比:2.13)ことが示されました。これは、肺の背尾側領域(=運動誘発性肺出血の好発部位)に生じた出血箇所から、気管支や気管まで血液が頭側進展(Rostral movement)してくるまでに、ある程度の時間を要したためと推測されており、運動誘発性肺出血を高感度に探知するためには、レース直後ではなく、やや時間を置いてから内視鏡検査をする方が良い、という過去の知見を裏付けるデータであると考えられました。
この研究では、各レースにおける馬場の硬さ(Hardness of racing surface)は、運動誘発性肺出血の有意な危険因子とは見なされていませんでした。しかし他の文献では、馬場が硬いほど鼻出血(Epistaxis)の発症率が高いという知見があり(Newton et al. EVJ. 2005;37:402)、これは、着地時の衝撃(Concussion occurred on foot landing)が前肢から胸腔へと伝わり、背尾側肺領域(胸腔の断面積が狭くなっている箇所)で集中される事が、中程度~重度の肺出血の発現(=鼻出血に至るほどの出血量)に関与しているためと考えられています(Schroter et al. EVJ. 1998;30:186)。
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