姿勢動揺による馬の腰萎の診断
話題 - 2022年12月31日 (土)

馬の神経症状(いわゆる腰萎)は、その有無や重篤度を主観的に評価するのが難しく、神経器疾患の早期診断を困難にする場合も多いことが知られています。
ここでは、姿勢動揺(Postural sway)を計測する手法を評価した知見を紹介します。この研究では、六頭の健常馬を圧迫センサー板のうえに駐立させて、重心安定性を測定することで姿勢動揺の評価が行なわれました。
参考文献:
Clayton HM, Bialski DE, Lanovaz JL, Mullineaux DR. Assessment of the reliability of a technique to measure postural sway in horses. Am J Vet Res. 2003 Nov;64(11):1354-9.
結果としては、健常馬をセンサー板上に駐立させた場合、重心の移動範囲は62平方mmに限定され、内外側方向への動揺は±8mm、半径は±2mm、頭尾側方向への動揺は±4mm、加速度は±3mm/秒となっており、非常に小さな同意制限境界が達成されたことが報告されています。また、馬の頭部の高さは、姿勢動揺に最も大きな影響を与える因子であることも示されました。

このため、腰萎馬での神経学的検査では、頭部の動きを制限した状態で、圧迫センサー板の上に立たせることで、重心安定性の測定および姿勢動揺の評価が可能であり、バランス機能障害の診断の一助になると推測されています。なお、姿勢動揺の計測は、ヒト医療でのバランス機能異常の評価に応用されており、パーキンソン病やアルツハイマーの診断に適応されています[1,2]。
なお、上図は、健常馬がセンサー板の上に立った状態での、重心の安定性を示しており、統合地面反力を測ることで、重心の位置を100ヘルツ間隔で10秒間計測した値をプロットしたものになります。この図から、バランス機能に問題のない健常馬では、重心の移動範囲は、内外側および頭尾側方向に、±約6mmの範囲に留まっており、非常に小さな姿勢動揺しか起きていないことが計測値から確認されました。

一般的に、二本足で立つヒトと異なり、四本足で中立する馬では、左右よりも前後方向に馬体が長く、頭尾側方向へのバランス維持のほうが容易であると推測されます。しかし、馬の頭部は、水平に長い首の先に付いているため、腰萎症状を呈して、頭部の振り幅でバランス維持を取るときには、頭尾側方向での姿勢動揺が大きくなると考察されています。今回の研究では、健常馬の重心の移動距離は、左右方向に平均9.2mmで、前後方向に平均10.5mmとなっており、これを正常範囲として、姿勢動揺の度合いを評価することが提唱されています。
Photo courtesy of Am J Vet Res. 2003 Nov;64(11):1354-9 (doi: 10.2460/ajvr.2003.64.1354).
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参考文献:
[1] Bloem BR, Beckley DJ, van Dijk JG. Are automatic postural responses in patients with Parkinson's disease abnormal due to their stooped posture? Exp Brain Res. 1999 Feb;124(4):481-8.
[2] Chong RK, Jones CL, Horak FB. Postural set for balance control is normal in Alzheimer's but not in Parkinson's disease. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 1999 Mar;54(3):M129-35.