馬の病気:前腕屈筋区画症候群
馬の運動器病 - 2013年09月03日 (火)

前腕屈筋区画症候群(Antebrachial flexor compartment syndrome)について。
筋区画症候群(Muscle compartment syndrome)は、筋膜腔の内圧上昇(Increased pressure in fascial space)と神経脈管束の圧縮(Compression of neurovascular structure)によって、筋壊死(Myonecrosis)と疼痛を引き起こす疾患を指し、馬の前腕部における病態では、転倒したり氷上で肢を滑らせたりした際に、屈筋郡損傷(Flexor muscle injury)を生じる事が病因(Etiology)であると考えられています。
前腕屈筋区画症候群の症状としては、急性発現性(Acute onset)の重度跛行(Severe lameness)が、発症後の数時間で徐々に悪化していく所見が見られ、患馬は手根関節を曲げて発症肢を蹄尖で爪先立つように保持し、患肢への体重負荷を拒絶する仕草(Reluctant to bear weight)を示します。触診では、前腕部の尾外側部(Caudolateral aspect of antebrachium)の屈筋面における広汎性腫脹(Diffused swelling)と、患部の圧痛(Pain on palpation)および熱感(Heat)が触知されますが、時間の経過に伴って前腕部の血行減少から冷感を呈するようになる症例もあります。
前腕屈筋区画症候群の診断では、レントゲン検査(Radiography)によって橈骨骨折(Radial fracture)を除外診断(Rule-out)することが重要です。また、区画内圧測定(Intracompartment pressure measurement)によって確定診断(Definitive diagnosis)を下す方法も報告されており、30mmHg以上の筋膜内腔圧の上昇によって筋壊死が起こることが知られていますが、多くの馬の症例においては、視診と触診によって充分に信頼的な診断が可能であることが示唆されています。
前腕屈筋区画症候群の治療では、馬房休養(Stall rest)、発症後48時間にわたる冷水療法(Cold hydrotherapy)、その後の6~10日間にわたる温熱療法(Warm therapy)、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与等による保存性療法(Conservative therapy)が実施され、通常は4~5日間で跛行が改善し、曳き馬運動(Hand-walking exercise)を開始できることが示されています。しかし、保存性療法に不応性(Refractory)の症例では、外側尺骨筋(Ulnaris lateralis)の外尾側面における前腕筋膜切開術(Antebrachial fasciotomy)によって、外科的に区画病巣部の除圧(Decompression of compartment lesion)を行う療法が選択される場合もあり、全身麻酔下(Under general anesthesia)もしくは起立位手術(Standing surgery)での術式が報告されています。
前腕屈筋区画症候群の予後は比較的良好で、6~12週間で運動復帰できる場合が多いことが示唆されていますが、屈筋郡の慢性的な繊維化筋症(Chronic fibrotic myopathy)を続発した症例も報告されています。
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