疝痛の手術後での平地レースへの復帰率
話題 - 2023年01月04日 (水)

馬の疝痛治療での開腹術は、侵襲性や合併症の危険も大きく、施術を判断する際には、術後にパフォーマンスを維持できるか否かも、重要な判断要因であると言えます。
ここでは、競走馬における疝痛手術と、その後のレース復帰率や競走成績を調査した知見を紹介します。この研究では、米国のカリフォルニア州の馬病院において、1996~2010年にかけて、疝痛治療のために開腹術が実施された85頭のサラブレッド競走馬における、医療記録の回顧的解析、長期経過の追跡調査、および、疝痛治療を受けていない170頭の対照馬との比較が行なわれました。
参考文献:
Tomlinson JE, Boston RC, Brauer T. Evaluation of racing performance after colic surgery in Thoroughbreds: 85 cases (1996-2010). J Am Vet Med Assoc. 2013 Aug 15;243(4):532-7.
結果としては、開腹術後の六ヶ月で平地競走に出走した馬は69%であり、対照馬群での出走率(73%)と有意差はありませんでした。このうち、開腹術後の出走率を性別ごとに見ると、騙馬では87%、牡馬では75%であったのに対して、牝馬では55%と有意に低くなっていました(繁殖転用された牝馬が多かったため)。また、レース復帰しなかった馬のうち、その理由としては、意図的に引退または繁殖転用したのが45%で、疝痛の合併症による安楽殺が30%、疝痛以外の故障による安楽殺が25%でした。
また、この研究では、競走馬としてのキャリアに対する影響を評価するため、開腹術後にレース復帰を果たした馬において、術後期間における出走率を六ヶ月におきに調査して、対照馬群と比較されました。その結果、開腹術後の馬と対照馬とのあいだで、平地レースへの出走率の差は、どの時点でも認められないことが分かりました(下図)。なお、競走馬としてのキャリアの長さを、開腹術の時点、または、術後初出走の時点から計算してみると、いずれも対照馬とのあいだで、有意差は認められませんでした。

そして、開腹術後の競走馬としてのキャリアにおいて、出走回数の平均を見ると、開腹術後の馬(12.1回)と対照馬(12.4回)で有意差はありませんでした。また、生涯獲得賞金の平均も、開腹術後の馬(52,934ドル)と対照馬(60,800ドル)とのあいだで有意差は無いことが分かりました。しかし、小腸疾患を呈した馬だけのデータを見てみると、生涯獲得賞金の平均は、開腹術後の馬(23,867ドル)よりも対照馬(57,357ドル)のほうが有意に高いことが分かりました。なお、大腸疾患を呈した馬では、このような差異はありませんでした。
この研究では、開腹術で確認された疾患部位としては、小腸が36%で(そのうち吻合術は35%)、大腸が64%(そのうち吻合術は4%)を占めていました。このうち、小腸疾患では開腹術後の出走率が85%にのぼり、大腸疾患での出走率(61%)よりも有意に高くなっていました。また、症例馬の性別を見ると、牝馬・牡馬・騙馬の割合は、順に49%, 14%, 37%となっていました。また、開腹術の時点での年齢は3歳(中央値)となっていました(範囲2~7歳)。さらに、小腸疾患では騙馬の割合が最も多かった一方で(49%)、大腸疾患では牝馬の割合が最も多くなっていました(59%)。
以上の結果から、サラブレッド競走馬の疝痛に対して開腹術が実施された場合、術後に合併症を起こさず生存を果たした馬においては、平地レースでの競走能力には大きな悪影響は無いことが示され、同世代の馬とほぼ等しい出走回数、獲得賞金、キャリアの長さが期待できることが示唆されました。ただ、開腹術後の調教期間でパフォーマンス低下が見られ、意図的にレース復帰を断念したケースもあったと推測され、その際に、開腹術の病歴を考慮して、馬主や調教師が出走継続に消極的になった、というバイアスは否定できないと考察されています。また、今回の症例群では、牝馬の割合が多い(49%)ことから、これらの馬が積極的に繁殖転用された結果、レース復帰した馬での成績が過剰評価されてしまった(能力が高く勝てそうな牝馬しか競走復帰しなかった)という可能性も考えられました。

この研究では、小腸疾患のために開腹術が実施された馬では、レース復帰後の獲得賞金が低くなる(対照馬と比較して)という傾向が認められました。この場合、両群での出走回数およびキャリアの長さには有意差が無かったため、純粋に勝率が低下したことが、獲得額の少なさに繋がったものと推測されます。しかし、競走馬の獲得賞金は、もともと歪度が大きく、少数の実力馬の獲得額だけが高くなる傾向が認められるため、サンプル数が不十分な調査では、データ解析が不安定となり、統計的な有意差が実際の事象を反映しないケースも起こり得るという警鐘が鳴らされています。このため、今回のデータのように、小腸疾患に対する開腹術が、本当に競走馬としての能力低下に繋がるのか否かは、より検体数の多い調査によって明らかにするべきだと考察されています。なお、小腸疾患の開腹術後における出走率の高さ(85%)については、この群に騙馬が多かったことが理由に挙げられています(繁殖転用の選択肢が無いため)。
また、この研究では、開腹術の前後での獲得賞金の推移も解析しており、疝痛の開腹術を受けた馬では、術前の六ヶ月間のあいだに、競走馬としてのキャリアのピークを迎えていたことが分かりました。この理由として、競走成績の向上、および、レース参加の増加に伴うストレスレベルや飼養管理の変化が、疝痛の発症素因となった可能性は否定できない一方で、競走成績の高い馬ほど、高額な開腹術を選択する割合が増えたというバイアスが働いた可能性も指摘されています。
Photo courtesy of J Am Vet Med Assoc. 2013 Aug 15;243(4):532-7. (doi: 10.2460/javma.243.4.532.)
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