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馬の声帯切除術による経喉頭抵抗の緩和

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一般的に、馬の喉頭片麻痺において、運動中に披裂軟骨の部分的外転(RakestrawグレードB)を維持する機能が残っていれば、喉頭形成術(タイバック手術)は必須ではないと考えられています。しかし、その場合でも、運動中に片側の声帯虚脱を起こす症例が散見され、22%の症例では披裂軟骨と声帯の虚脱が併発し、5%の症例では声帯虚脱だけ起こることが報告されています[1]。このような症例に対しては、喉頭形成術よりも侵襲性が低い声帯切除術のほうが望ましいケースもあると推測され(特に用途が平地レースではない馬の場合)、披裂軟骨がグレードBの状態において、声帯切除が経喉頭抵抗を緩和できるのかが判断基準となってきます。

そこで、下記の研究では、馬の屠体の喉頭軟骨(20個)を用いて、右側披裂軟骨を完全外転させながら、左側披裂軟骨を完全外転(グレードA)または部分的外転(グレードB)の状態に置いて、声帯切除(左側のみ又は両側)を実施したときの声門断面積および経喉頭抵抗の計測が行なわれました。

参考文献:
Lean NE, Bertin FR, Ahern BJ. Influence of unilateral and bilateral vocal cordectomy on airflow across cadaveric equine larynges at different Rakestraw grades of arytenoid abduction. Vet Surg. 2022 Aug;51(6):974-981.

結果としては、左側披裂軟骨が部分的外転となっている状態では、左側声帯を切除することで、経喉頭抵抗が14.5%減少しましたが、そこから更に、右側声帯を切除(両側声帯切除術)しても、経喉頭抵抗は変化しませんでした。一方、左側披裂軟骨が完全外転となっている状態では、左側声帯切除および両側声帯切除のいずれにおいても、経喉頭抵抗は無変化でした。また、左側披裂軟骨が部分的外転、または、完全外転のいずれの状態にあっても、左側声帯を切除することで、声門断面積が有意に拡大しており(43mm2→46mm2または55mm2→59mm2)、そこから更に、右側声帯を切除することで、声門断面積は更に有意に拡大していました(46mm2→51mm2または59mm2→64mm2)。そして、左右披裂軟骨間の鋭角度は、左側声帯切除および両側声帯切除のいずれにおいても無変化でした。

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以上の結果から、軽度の喉頭片麻痺(グレードB)が発見されて、喉頭形成術の必要性が不明瞭な症例に対しては、声帯切除術のみを実施することで、声門断面積の拡大、および、経喉頭抵抗の緩和が期待できると考察されています。また、中程度~重度の喉頭片麻痺の罹患馬に対して、喉頭形成術を適応した場合でも、施術後に気管チューブを抜いて内視鏡で観察したときに、披裂軟骨の部分的外転(グレードB)しか達成されていなければ、声帯切除を実施して、声帯虚脱を予防するという治療方針が推奨されています。後者の場合、完全外転が達成されていれば、声帯を無理に切除せず温存することで、術後に気管内に迷入してくる食渣を捕捉するポケットとして機能して、誤嚥性気管支炎/肺炎のリスクを抑えられると考察されています[2]。

なお、声帯切除術を実施する際には、両側ではなく、左側の声帯だけ切除することが推奨されています。今回の実験で、片側および両側の声帯切除のあいだで、経喉頭抵抗に有意差が出なかったのは、屠体軟骨が劣化・弛緩していた可能性があり、理論的には、声門を最大限に拡大させることで、経喉頭抵抗を最小限に抑えられるという仮説も成り立ちます。一方で、両側の声帯を切除してしまうと、声門の腹側部に瘢痕形成を生じて(いわゆる喉頭ウェビング)、声門断面積を狭めてしまう危険性があることから、声帯の腹側部を切除せず残しておく場合もあり[3]、その意味でも、喉頭形成術後の声帯切除は、片側に留めておくのが無難だと言えます。

この研究では、左側披裂軟骨が完全外転(グレードA)していれば、声帯切除しても経喉頭抵抗は変化しないことが示唆されており、この理由としては、披裂軟骨が十分に外側へ引張されていれば、声帯にも緊張が掛かって、声門内への虚脱は起きないこと[4]、および、第一気管輪が経喉頭抵抗に最も影響を与えるため、声帯の有無による影響が示されなかったこと[5]、などが挙げられています。過去の文献を見ても、喉頭形成術によって披裂軟骨の完全外転が達成されていれば、声帯の固定術(虚脱予防作用は切除術と同等)によっても、経喉頭抵抗は変化しなかったことが報告されています[6]。

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なお、上写真の左側は「部分的外転+声帯切除なし」、中央は「部分的外転+左側声帯切除」、右側は「部分的外転+両側声帯切除」という状態の実験体を示しています。

この研究では、片側/両側の声帯切除を実施しても、左右披裂軟骨間の鋭角度には、有意な変化が見られませんでした。しかし、軽度の喉頭片麻痺を呈している臨床症例では、強運動中の筋疲労によって、披裂軟骨の外転が徐々に維持できなくなる現象が観察されています。このため、そのような症例に対しては、喉頭形成術を実施して、安静時に完全外転が認められても、運動中には部分的外転へと悪化して、声帯虚脱に至ってしまう可能性があることから、左側の声帯を切除しておくメリットが生まれるという仮説も成されています。

一般的に、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、声嚢声帯切除術よりも声帯切除術のほうが、手技が簡易であるため、声帯虚脱を予防する術式として多く実施されています。経験則としては、両術式は同等の治療効果があると考えられており、その要因としては、声帯切除後にできる瘢痕組織は、粘膜より繊維質かつ柔軟性が低く、虚脱を起こしにくいこと、および、声帯を切除して声嚢内への通気が無くなることで、声嚢粘膜が変性して、更に声門断面積を拡大すること、などが挙げられています。

Photo courtesy of Vet Surg. 2022 Aug;51(6):974-981. (doi: 10.1111/vsu.13823.)

参考文献:
[1] Tan RH, Dowling BA, Dart AJ. High-speed treadmill videoendoscopic examination of the upper respiratory tract in the horse: the results of 291 clinical cases. Vet J. 2005 Sep;170(2):243-8.
[2]Luedke LK, Cheetham J, Mohammed HO, Ducharme NG. Management of postoperative dysphagia after prosthetic laryngoplasty or arytenoidectomy. Vet Surg. 2020 Apr;49(3):529-539.
[3] Cramp P, Derksen FJ, Stick JA, Nickels FA, Brown KE, Robinson P, Robinson NE. Effect of ventriculectomy versus ventriculocordectomy on upper airway noise in draught horses with recurrent laryngeal neuropathy. Equine Vet J. 2009 Nov;41(8):729-34.
[4] Rakesh V, Ducharme NG, Cheetham J, Datta AK, Pease AP. Implications of different degrees of arytenoid cartilage abduction on equine upper airway characteristics. Equine Vet J. 2008 Nov;40(7):629-35.
[5] Perkins JD, Meighan H, Windley Z, Troester S, Piercy R, Schumacher J. In vitro effect of ventriculocordectomy before laryngoplasty on abduction of the equine arytenoid cartilage. Vet Surg. 2011 Apr;40(3):305-10.
[6] Jansson N, Ducharme NG, Hackett RP, Mohammed HO. An in vitro comparison of cordopexy, cordopexy and laryngoplasty, and laryngoplasty for treatment of equine laryngeal hemiplegia. Vet Surg. 2000 Jul-Aug;29(4):326-34.

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