馬の虚血再灌流障害における空腸の虚弱性
話題 - 2023年01月18日 (水)

馬の小腸の絞扼性疾患(空腸捻転や有茎性脂肪腫、網嚢孔捕捉など)では、絞扼を整復して虚血していた箇所に血流を回復させると、その再灌流が原因で組織損傷が起こってしまうという現象が知られており、また、その際に流出する炎症性物質によって、他の部位の腸管が通過障害(術後イレウス)を続発したり、全身の多臓器が損傷を受けるという危険性が指摘されています。
ここでは、そのような虚血再灌流障害(Ischemia-reperfusion injury)の病態を評価した知見を紹介します。この研究では、七頭の実験馬を用いて、開腹術で空腸と結腸にアプローチして、70分間の虚血後の60分間の再灌流モデル、および、120分間の膨満とその後の除圧のモデルを作成して、各時点での腸管検体の病理組織学的検査および電子顕微鏡検査が行なわれました。
参考文献:
Dabareiner RM, Sullins KE, White NA, Snyder JR. Serosal injury in the equine jejunum and ascending colon after ischemia-reperfusion or intraluminal distention and decompression. Vet Surg. 2001 Mar-Apr;30(2):114-25.
結果としては、空腸の70分間の虚血によって、漿膜毛細血管の充血、中皮細胞層の部分的/完全損失、基底膜露出などが生じており、その後の60分間の再灌流によって、中皮細胞層の完全消失、漿膜浮腫、赤血球/白血球浸潤、内皮間連結部損失による毛細血管狭窄などを生じて、基底膜を越えて非顆粒好中球の漿膜面への浸潤も確認されました。これらの所見は、無処置の部位の空腸よりも、有意に重篤になっていました。
一方、空腸の120分間の膨満では、中皮細胞損失、漿膜浮腫、リンパ管拡張、赤血球浸潤などが認められ、毛細血管内皮損傷による赤血球漏出も見られました。その後の除圧によって、漿膜浮腫と白血球浸潤が悪化して、毛細血管内皮細胞の腫脹も見られました。そして、虚血よりも膨満モデルにおいて、漿膜浮腫や細胞浸潤が有意に大きいことが分かりました。これらの所見についても、無処置の部位の空腸よりも有意に重度であったと報告されています。

そして、結腸の虚血と再灌流では、部分的な中皮細胞層の損失を認めたのみで、漿膜浮腫や細胞浸潤などは、無処置の箇所の結腸と有意差はありませんでした。また、結腸の膨満と除圧では、明瞭な異常所見は認められず、無処置の箇所の結腸と比較して、有意差は無いことが分かりました。
以上の結果から、馬の空腸は、虚血と再灌流によって多様な漿膜組織の損傷を引き起こし、結腸よりも虚血再灌流障害に虚弱であることが示されました。一方、膨満によっては、馬の結腸は殆ど異常所見が無かったのに対して、空腸では様々な形態の組織損傷を引き起こしており、除圧をすることで悪化する所見が確認されました。

過去の文献では、馬の腸管への虚血再灌流によって、重篤な粘膜損傷が生じることが知られており、内毒素血症やフリーラジカルの血流迷入による多臓器損傷を介して、予後不良の要因となることが知られています [4-6]。そして、今回の研究では、腸管の虚血再灌流から、漿膜にも重度の組織損傷を生じることが再確認され、空腸の絞扼性疾患を呈した臨床症例では、術後の癒着や腸管キンクによる物理的イレウスの病因になりうることが示唆されました。
一方で、馬の空腸の膨満では、病理的異常所見は少ないという知見もありますが[8]、この場合は中程度の内圧(18cmH2O)を四時間続ける実験モデルを用いていました。そのため、今回の実験では、重度の内圧(25cmH2O)を二時間続けるモデルによって、重度の組織損傷が誘導させることが確認されました。このため、実際の臨床症例での空腸絞扼では、虚血を受けた箇所だけでなく、絞扼部よりも上流(近位側)で空腸膨満を起こした箇所でも、深刻な漿膜損傷を引き起こして、整復後にも広範な空腸領域における機能障害の病因になるという可能性が示唆されました。
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参考文献:
[1] Sullins KE, Stashak TS, Mero KN. Pathologic changes associated with induced small intestinal strangulation obstruction and nonstrangulating infarction in horses. Am J Vet Res. 1985 Apr;46(4):913-6.
[2] Freeman DE, Cimprich RE, Richardson DW, Gentile DG, Orsini JA, Tulleners EP, Fetrow JP. Early mucosal healing and chronic changes in pony jejunum after various types of strangulation obstruction. Am J Vet Res. 1988 Jun;49(6):810-8.
[3] Allen D Jr, White NA, Tyler DE. Factors for prognostic use in equine obstructive small intestinal disease. J Am Vet Med Assoc. 1986 Oct 1;189(7):777-80.