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馬の虚血再灌流でのリドカイン投与

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馬の小腸の絞扼性疾患(空腸捻転や有茎性脂肪腫、網嚢孔捕捉など)では、絞扼を整復して虚血していた箇所に血流を回復させると、その再灌流が原因で組織損傷が起こってしまうという現象が知られており、また、その際に流出する炎症性物質によって、他の部位の腸管が通過障害(術後イレウス)を続発したり、全身の多臓器が損傷を受けるという危険性が指摘されています。

ここでは、そのような虚血再灌流障害(Ischemia-reperfusion injury)における肺損傷や、その予防法を評価した知見を紹介します。この研究では、20頭の実験馬を用いて、全身麻酔下の開腹術で空腸にアプローチした後、70分間の虚血とその後の60分間の再灌流を実施して、この際にリンゲル投与(対照群)またはリドカイン投与(治療群)を行ない、各群での肺組織検体を採取して、病理組織学的検査と免疫染色検査による炎症反応や組織損傷が評価されました。

参考文献:
Montgomery JB, Hamblin B, Suri SS, Johnson LE, New D, Johnston J, Kelly J, Wilson DG, Singh B. Remote lung injury after experimental intestinal ischemia-reperfusion in horses. Histol Histopathol. 2014 Mar;29(3):361-75.

結果としては、対照群の馬では、虚血再灌流障害に起因して、肺胞内および肺脈管への好中球集積が認められ、炎症関連物質(IL-8, TLR4, TLR9)の発現が確認されました。また、フォンウィレブランド因子陽性の血小板の増加も認められ、播種性血管内凝固(DIC)などの凝血異常疾患を示唆する所見も見られました。そして、肺組織の炎症介在物質(TNF-alpha)の活性も、健常な肺組織と比較して、有意に増加していました。

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また、この研究では、リドカイン投与された治療群では、肺胞内や肺脈管での好中球数が有意に少なく、マクロファージ数は有意に増加していましたが、ミエロペルオキシダーゼの活性は対照群と比べて変化していませんでした。以上の結果から、馬の腸管の虚血再灌流障害では、炎症性物質の全身循環への流入によって、肺組織の損傷を起こし得ることが示されましたが、リドカイン投与によって、肺の炎症反応を軽減できる可能性が示されました。

過去の文献では、大腸炎を起こした馬の好中球においては、内因性/外因性経路の障害によって、アポトーシス反応が遅延してしまい、これが全身性炎症反応症候群(SIRS)を悪化させる一要素になることが知られています。[1]。また、この好中球のアポトーシス遅延の原因として、TNF-alphaおよびTLR4の活性亢進も挙げられています[2]。そして、近年の文献では、馬の虚血再灌流に起因する肺組織の炎症でも、好中球のアポトーシス遅延を生じることが示されており、肺脈管内マクロファージを枯渇する処置によって、このアポトーシス反応を制御できることが示されています[3]。

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この研究では、馬の虚血再灌流における肺の組織学的な変化が評価されていますが、臓器レベルでの機能障害を引き起こすのか否かは明らかにされていません。このため、今後の研究では、実際の開腹術において、虚血部位を再灌流させた後(腸捻転の部位を外科的整復した後)、どの段階で生物学的に有意な肺胞組織の損傷を生じるのかを、経時的な組織検査を通して解明する必要があると言えます。

なお、馬の内毒素血症に継発する敗血症では、リドカイン投与では十分にSIRSを抑制できないことも知られてきており、また、虚血再灌流での腸壁組織への損傷も、リドカイン投与(プレコンディショニング処置)では減退できないことが報告されています[4]。このため、虚血再灌流による他臓器障害を予防する作用についても、リドカインの有効な投与量や投与のタイミングを確立させていく必要があると言えそうです。

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関連記事:
・馬の虚血再灌流障害でのポストコンディショニング
・馬の虚血再灌流障害における空腸の虚弱性

参考文献:
[1] Anderson SL, Singh B. Neutrophil apoptosis is delayed in an equine model of colitis: Implications for the development of systemic inflammatory response syndrome. Equine Vet J. 2017 May;49(3):383-388.
[2] Anderson SL, Townsend HGG, Singh B. Role of toll-like receptor 4 and caspase-3, -8, and -9 in lipopolysaccharide-induced delay of apoptosis in equine neutrophils. Am J Vet Res. 2018 Apr;79(4):424-432.
[3] Anderson SL, Duke-Novakovski T, Robinson AR, Townsend HGG, Singh B. Depletion of pulmonary intravascular macrophages rescues inflammation-induced delayed neutrophil apoptosis in horses. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol. 2021 Jan 1;320(1):L126-L136.
[4] Verhaar N, Pfarrer C, Neudeck S, Konig K, Rohn K, Twele L, Kastner S. Preconditioning with lidocaine and xylazine in experimental equine jejunal ischaemia. Equine Vet J. 2021 Jan;53(1):125-133.
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