エコー誘導による馬の下歯槽神経ブロック
話題 - 2023年01月24日 (火)

馬の歯科疾患では、保存療法に難治性を呈した症例においては、罹患歯の抜歯が根治療法として選択される場合もあります。ここでは、下顎臼歯の抜歯のために実施される下歯槽神経ブロックの手法について比較検討した知見を紹介します。
参考文献:
Lloyd-Edwards RA, Ferrao-van Sommeren A, Hermans H, Tersmette AA, Veraa S, van Loon JPAM. Comparison of blind, ultrasound- and neurostimulator-guided methods of percutaneous inferior alveolar nerve block. Equine Vet Edu. Oct12, 2022. doi.org/10.1111/eve.13720. Online ahead of print.
この研究では、馬の屠体頭部、または、全身麻酔した実馬を用いて、下記のような複数の手法を用いて、下歯槽神経(三叉神経の下顎枝)への造影剤と染色剤の注射が行なわれ、CT画像と組織検査によって注射手技の正確性が評価されました。
腹側アプローチ:下顎臼歯の噛合面から尾側に引いた線と、それに直角に交わり外眼角を通る線との交点を下顎孔の位置として推定して、下顎骨水平枝の腹側部から骨の内側面へと脊髄針(18G, 90mm)を刺入させ、背側へと針を進めていき、下顎孔の箇所と思われる深さに針先が達した時点で注射する(上図)。
尾側アプローチ:前述と同様に下顎孔の位置を推定して、下顎骨の水平枝と垂直枝の中間から骨の内側面へと脊髄針(18G, 90mm)を刺入させ、背吻側へと針を進めていき、下顎孔の箇所と思われる深さに針先が達した時点で注射する(下写真)。
エコー誘導での腹側アプローチ:下顎骨の下方から超音波プローブを当てて(脊髄針の内側または外側)、下顎骨内側面にある下顎孔の位置を画像で確認した後(最下写真の緑矢印)、下顎骨水平枝の腹側部から骨の内側面へと脊髄針(18G, 90mm)を刺入させ、画像上で針の進入を視認しながら、下顎孔の位置に針先が達した時点で注射する。
結果としては、注射液が下顎孔の部位を覆っていた割合は、腹側アプローチでは63%、尾側アプローチでは75%であったのに対して、エコー誘導での腹側アプローチでは95%に及んでいました。また、針先と下顎孔との距離(中央値)は、腹側アプローチ(19mm)や尾側アプローチ(18mm)に比べて、エコー誘導での腹側アプローチでは4mmと顕著に近くなっていました。このため、馬の下歯槽神経ブロックに際しては、エコー画像で脊髄針を誘導することで、下顎孔の位置へと適切に針先を導くことが可能になることが示唆されました。ただ、これら三群のあいだで、統計的な有意差はありませんでした。

一方、この研究では、注射液が下歯槽神経に達していた割合は、腹側アプローチでは50%であったのに対して、尾側アプローチでは88%、エコー誘導での腹側アプローチでは86%と顕著に高くなっていました。一方、注射液が舌神経に達していた割合は、腹側アプローチでは75%、尾側アプローチでは50%、エコー誘導での腹側アプローチでは71%でした。このため、下歯槽神経を適切にブロックしながら、舌神経ブロックを回避するという意味では、尾側アプローチが最も優れている可能性が示唆されました。ただ、これら三群のあいだで、統計的な有意差はありませんでした。
この研究では、注射液の総量は1mLとかなり少なく、また、注射法による実験的な有意差は無かったことから、実際の臨床症例では比較的に多量(10-20mL)の局所麻酔薬が注射されることを考えると、腹側および尾側の何れのアプローチでも、良好な下歯槽神経のブロックが達成される(エコー誘導無しで)と推測されています。過去の文献[1]では、下歯槽神経ブロックの正確性としては、腹側アプローチでは59%、尾側アプローチでは73%であったことが報告されています。また、他の文献[2]では、エコー誘導による針穿刺によって、下歯槽神経ブロックの成功率は81%であったという報告もあります。
馬の頭部の解剖学を見ると、下歯槽神経のやや背側を舌神経が走行しているため、腹側から針穿刺したほうが(腹側アプローチ)、針先が下顎孔よりも上方に達してしまった場合、誤って舌神経も一緒にブロックしてしまう事象が起こり易いと考えられます。過去の文献[3]では、舌神経も一緒にブロックされてしまうと、術中に舌麻痺を生じて、舌を噛んでしまう事故が起こることが知られています。しかし、複数回の針穿刺を避けるためには、やはり十分な量の麻酔薬を注射して、下歯槽神経を確実にブロックしながら、舌麻痺は常に起こり得るものと認識して、処置前から処置後まで持続的に開口器を装着させて事故を予防する、という方針が現実的なのかもしれません。
なお、この研究では、神経刺激装置誘導でのアプローチも試みられましたが、他手法よりも成績が劣るため、ここでは省略しています。ただ、術者がこの装置に熟練することで、注射手技の正確さが向上する可能性も示唆されています。

Photo courtesy of J Vet Dent. 2019 Mar;36(1):46-51 (doi: 10.1177/0898756419844836.), and the Proceeding of American Association of Equine Practitioners. Fletcher BW. How to Perform Effective Equine Dental Nerve Blocks. Dec4, 2004.
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参考文献:
[1] Harding PG, Smith RL, Barakzai SZ. Comparison of two approaches to performing an inferior alveolar nerve block in the horse. Aust Vet J. 2012 Apr;90(4):146-50.
[2] Johnson JP, Peckham RK, Rowan C, Wolfe A, O'Leary JM. Ultrasound-Guided Inferior Alveolar Nerve Block in the Horse: Assessment of the Extraoral Approach in Cadavers. J Vet Dent. 2019 Mar;36(1):46-51.
[3] Caldwell FJ, Easley KJ. Self-inflicted lingual trauma secondary to inferior alveolar nerve block in 3 horses. Equine Vet Edu. 2012;24(3):119-123.