馬の文献:冠関節固定術(Watt et al. 2002)
文献 - 2023年01月28日 (土)

「馬の冠関節固定術:二枚の3.5mm七孔幅広DCPと4.5mm五孔幅狭DCPの生体力学的比較」
Watt BC, Edwards RB 3rd, Markel MD, McCabe R, Wilson DG. Arthrodesis of the equine proximal interphalangeal joint: a biomechanical comparison of two 7-hole 3.5-mm broad and two 5-hole 4.5-mm narrow dynamic compression plates. Vet Surg. 2002; 31(1): 85-93.
この研究論文では、馬の冠関節固定術(Pastern arthrodesis)における、より強度の高い術式を評価するため、20本の屍体肢(Cadaveric limb)を用いて、二枚の3.5mm七孔の幅の広いDCP(bDCP)もしくは二枚の4.5mm五孔の幅の狭いDCP(nDCP)を用いた術式による、冠関節固定術の生体力学的比較(Biomechanical comparison)が行われました。
結果としては、冠関節固定部の三点屈曲性生体力学検査(Three-point bending biomechanical testing)では、多層硬度(Composite stiffness)、降伏点(Yield point)、最大曲げモーメント(Maximum bending moment)などにおいて、二つの術式のあいだに有意差は認められませんでした。このため、二枚の五孔nDCPを用いた術式のほうが、手技的にも簡易で、手術時間の短縮につながり、二枚の七孔bDCPを用いた術式と同程度の強度の関節固定術を達成できることが示唆されました。また、二枚の七孔bDCPによる冠関節固定術が行われた肢では、11%(15/140本)の螺子が破損したのに対して、二枚の五孔nDCPによる冠関節固定術が行われた肢では、8%(8/100本)の螺子が破損したのみであったことが報告されています。
この研究では、七孔bDCPに使用された螺子は直径3.5mmで慣性モーメント面積(Moment of inertia)は1.6mm4であったのに対して、五孔nDCPに使用された螺子は直径4.5mmで慣性モーメント面積は4mm4で、顕著に強度が高いことが示されています。しかし、そのぶん、七孔bDCPでは四本多い螺子を挿入させることが出来るため(二枚のプレートを使った術式においては)、結果的に五孔nDCPと同程度の物理的強度を得られた、という考察がなされています。
犬の屍体肢を用いた他の文献(Johnstonet al. Vet Surg. 1991; 20: 235)では、七孔bDCPのほうが、五孔nDCPよりも強度が高いことが報告されており、この研究の結果とは相反するデータが示されています。これは、馬の基節骨(Proximal phalanx)および中節骨(Middle phalanx)における皮質骨(Cortical bone)は、犬の脛骨(Tibia)における皮質骨よりも厚く、螺子の保持力(Holding power)が高かったことが影響していると考えられています。また、上述の犬の文献では、片方の骨片に対して、七孔bDCPでは三本の3.5mm螺子、五孔nDCPでは二本の4.5mm螺子が挿入されているのに対して、馬の冠関節固定術では、中節骨に対して、七孔bDCPでは二本の3.5mm螺子、五孔nDCPでは一本の4.5mm螺子が挿入されているのみであるため、七孔bDCPの術式における「細いが数の多い螺子を使える」という利点が十分に発揮されず、五孔nDCPに比べて有意な強度向上につながらなかった、という考察もなされています。
この研究では、七孔bDCPのほうが、五孔nDCPよりも設置が難しい傾向が示されました。この理由としては、七孔bDCPにおいては、(1)僅かながら長めのプレートを使う必要があるので、プレート遠位端が末節骨伸筋突起(Extensor process of distal phalanx)に接触する危険があること、(2)中節骨に二本の螺子を挿入する必要があるため、螺子の先端が舟状骨(Navicular bone)に達する可能性があること、などが挙げられており、二つの術式のあいだに物理的強度の有意差が無いことを考慮すると、敢えて七孔bDCPを選択する利点は少ないと提唱されています。しかし、中節骨の粉砕骨折(Comminuted fracture)に対して冠関節固定術が応用される場合などにおいては、中節骨の骨折片の整復のために、プレート一枚あたり二本の螺子を使えるという選択肢が広がるため、骨折治療という目的においては、その多用途性(Versatility)を向上できるという利点があると考察されています。
この研究では、検体準備の際に生じる手技的な誤差を減らすため、関節軟骨(Articular cartilage)を残したまま冠関節固定術が施されました。ただ、実際の臨床症例では、術後の骨癒合(Bony union)を促進するため、関節軟骨を外科的に削切する場合が多く、この結果、基節骨と中節骨のあいだの接触面積(Contact area)が減少すると考えられることから、臨床上の冠関節固定術における手術直後の強度は、この研究の計測値よりも低くなると推測されています。
この研究では、同筆者の他の文献において(Watt et al. Vet Surg. 2001; 30: 287)、三本の4.5mm皮質骨螺子および二本の5.5mm皮質骨螺子を用いた術式を試験しており、この際のデータと、今回の研究のデータを比較すると、螺子固定よりもプレート固定のほうが(五孔nDCPまたは七孔bDCPの違いに関わらず)、より堅固な冠関節の不動化(Immobilization)を達成できるという結果が示されています。このため、冠関節脱臼(Pastern luxation)や重篤な中節骨骨折(Severe middle phalanx fracture)など、冠関節の周囲軟部組織(Peri-articular soft tissue)が損傷され、関節の安定性が低下している病態に対しては、プレート固定を積極的に実施するべきであると考えられました。
Photo courtesy of Vet Surg. 2002; 31(1): 85-93.
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