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疝痛の開腹術での予後判定指標:スペイン

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馬の重度疝痛に対する開腹術では、予後不良となるケースも少なくなく、費用も高額になり易いことから、予後を的確に推測する指標が有用となります。

ここでは、疝痛馬の開腹術における予後判定の指標を調査した知見を紹介します。この研究では、2006〜2011年にかけて、スペインの二箇所の獣医大学病院において、疝痛の外科治療のために実施された566頭の開腹術における医療記録の回顧的解析、および、オッズ比(OR)の算出による予後不良の危険因子の解析が行われました。

参考文献:
Iglesias-Garcia M, Rodriguez Hurtado I, Ortiz-Diez G, De la Calle Del Barrio J, Fernandez Perez C, Gomez Lucas R. Predictive Models for Equine Emergency Exploratory Laparotomy in Spain: Pre-, Intra-, and Post-Operative-Mortality-Associated Factors. Animals (Basel). 2022 May 27;12(11):1375.

結果としては、開腹術が行われた疝痛馬のうち、短期生存率は63.6%となっており(生存して退院した馬の割合)、手術中に安楽殺が選択されたのは22.3%で、術後の入院中に死亡または安楽殺となったのは14.1%でした。そして、病変のタイプを見ると、非絞扼性の疾患に比べて、絞扼性疾患では、生存できない確率が五倍以上も高い(OR=5.3)ことが示されました(術中安楽殺)。また、絞扼性の疾患では、入院中に死亡する確率も約1.5倍となっていました。また、病変の発生部位を見ると、大腸の疾患に比べて、小腸の疾患では、生存できない確率が二倍近くも高い(OR=1.7)ことが分かりました(術中安楽殺)。過去の文献[1,2]でも、馬の外科的疝痛においては、絞扼性疾患および小腸疾患における生存率の低さが報告されています。

以上の結果から、開腹術を要するような重度疝痛を適切に早期診断するためには、疼痛の度合いなどから、絞扼性の疾患であるか否かを見極めることが重要であり(バナミンでは制御できないほどの強い痛みや、疼痛症状に波が無い等)、また、たとえ疼痛が軽度から中程度であっても、直腸検査や腹部エコー検査を遅延なく実施して、小腸疾患が起こっているかを鑑別診断することが大切であることを再認識させられるデータが示されたと言えます。更に、開腹術で絞扼性または小腸の疾患が確認された症例では、入院期間中に予後不良になるリスクが高いことを考慮して、慎重な術後ケアを行なうことで(アグレッシブな補液療法による脱水改善や、蠕動促進剤によるイレウス予防に努めるなど)、生存率向上につながるケースも多いことも再確認されました。

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この研究では、季節性要因の影響も評価されており、春や秋に比較して、夏や冬においては、開腹術を受けた疝痛馬が生存できない確率が二倍近くも高い(OR=1.8)ことが分かりました。この理由としては、夏季は発汗、冬季は飲水欲低下により、馬体が脱水を起こしやすい傾向にあったことが、消化器疾患の重篤度や進行スピードを高めた可能性があると考えられました。ただ、疝痛の原因疾患によっては、春季や秋季に好発するものもあるため(大結腸捻転や小結腸食滞等)、必ずしも夏や冬だけが疝痛自体のリスクが高い季節ではないことに留意する必要があると言えます。なお、今回の研究の調査地域(スペインのマドリード)では、気候的な要因によって、夏季(特に八月)の開腹術での術創合併症が多いと述べられており、これが夏季での生存率の低さに寄与した可能性も指摘されています。

この研究では、疝痛馬の年齢も予後に影響しており、九歳以下の馬に比べて、十歳以上の馬では、生存できない確率が約二倍も高い(OR=2.0)というデータも示されています。この理由としては、高齢馬の方が、一般的な自然治癒能力が低くなりがちであったことに加えて、気性がまだ落ち着いていない若齢馬に比較すると、高齢馬では性格が温和な個体が多く、疼痛にも我慢強くなっていた結果、疝痛症状を見せ始めた時点で、既に消化管病態が進行していたケースもあった(開腹術の時点では既に根治が困難であった)という可能性も考えられました。過去の文献では、高齢な疝痛馬ほど死亡率も高いという知見[3]がある一方で、成馬と老齢馬のあいだで疝痛の生存率に有意差が無かったという報告[4]もあるため、年齢はあくまで疝痛の予後に影響しうる一要因に過ぎない、という解釈が適当なのかもしれません。

この研究では、二次診療施設までの物理的距離も、疝痛の生存率と負の相関を示していました。具体的には、馬病院までの距離が70km以上であった場合には、70km未満の場合に比べて、生存できない確率が二倍近くも高い(OR=1.7)ことが分かりました。この要因としては、開腹術の適応判断から、実際の搬入および施術までに時間を要したために、原発疾患が進行してしまったことが挙げられています。このため、手術施設までの距離がある症例では、外科的疝痛かどうかの鑑別を遅延なく行なう(前述の絞扼性疾患/小腸疾患の鑑別診断等)ことの重要性が改めて示唆されたと言えます。その一方で、内科治療で回復できる疝痛馬を無闇に二次診療施設に送ることは、当該施設での医療逼迫や、馬主の輸送料負担などの問題も生じるため、一次診療で正確な診断を下すことや、容態急変を見逃さない慎重な経過観察が大切になってくるのではないでしょうか。過去の文献でも、近隣に手術施設があることが、疝痛馬の生存と相関するというデータ[5]がある一方で、特定の疾患(結腸捻転など)において、病態経過の長さが予後に悪影響を及ぼすという知見[6]もあります。少なくとも、手術施設が遠い状況での疝痛の診察では、変位疝や腸捻転などの、短時間で予後が悪化する疾患だけは見逃さないように、初診の段階で充分に精査する(腹腔全域のエコー検査や腹水検査の実施など)ことが好ましいのかもしれません。

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この研究では、調査対象であった二箇所の病院を比べると、片方の病院の方が、疝痛馬が術後の入院中に死亡する確率が三倍近く高い(OR=2.6)ことが示されています。この理由については、明瞭には結論付けられていませんが、他因子解析において、患馬の年齢や原因疾患のタイプ、病院までの距離、季節性などとは、統計的な交互作用は無いことが示唆されています。このため、それぞれの病院のある地域における気候の違いや、馬主の経済的状況などが、術後の経過や安楽殺の判断に影響した可能性があると考察されています。

この研究では、スペインにおける疝痛馬の開腹術においては、米国や英国の知見とは異なる因子が生存率を左右すると述べられており、また、スペイン国内の地域差も有意に影響しているため[2]、各地域における疝痛馬の治療成績を個別に解析する重要性が指摘されています。この辺りは、日本での疝痛馬の診療においても同様なのかもしれません。

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参考文献:
[1] Mair TS, Smith LJ. Survival and complication rates in 300 horses undergoing surgical treatment of colic. Part 2: Short-term complications. Equine Vet J. 2005 Jul;37(4):303-9.
[2] Munoz E, Arguelles D, Areste L, Miguel LS, Prades M. Retrospective analysis of exploratory laparotomies in 192 Andalusian horses and 276 horses of other breeds. Vet Rec. 2008 Mar 8;162(10):303-6.
[3] Drumm NJ, Embertson RM, Woodie JB, Ruggles AJ, Hopper SA, Fimmers R, Handler J. Factors influencing foaling rate following colic surgery in pregnant Thoroughbred mares in Central Kentucky. Equine Vet J. 2013 May;45(3):346-9.
[4] Gazzerro DM, Southwood LL, Lindborg S. Short-term complications after colic surgery in geriatric versus mature non-geriatric horses. Vet Surg. 2015 Feb;44(2):256-64.
[5] van der Linden MA, Laffont CM, Sloet van Oldruitenborgh-Oosterbaan MM. Prognosis in equine medical and surgical colic. J Vet Intern Med. 2003 May-Jun;17(3):343-8.
[6] Hackett ES, Embertson RM, Hopper SA, Woodie JB, Ruggles AJ. Duration of disease influences survival to discharge of Thoroughbred mares with surgically treated large colon volvulus. Equine Vet J. 2015 Nov;47(6):650-4.

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