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疝痛の獣医療での地域差:カナダ

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馬の疝痛では、各地域で飼養されている馬の品種や年齢、用途、飼養形態などの要因に起因して、発症状況や医療ケアの方針に関して地域差が生まれると考えられます。そして、どの要因が、どのような地域差に繋がるのかを知ることで、海外の知見を日本での馬の獣医療に応用する際に、どのエビデンスを重視するか、または、重視するべきではないのかを推測するのに役立つと言えます。

ここでは、カナダの大西洋側地域における、馬の疝痛の獣医療に関する知見を紹介します。この研究では、カナダのプリンスエドワード島大学の獣医病院において、2000〜2015年にかけて、疝痛の診療のために外来した575頭の馬における医療記録の回顧的解析、および、オッズ比(OR)の算出による危険因子の評価が行われました。

参考文献:
Kaufman JM, Nekouei O, Doyle AJ, Biermann NM. Clinical findings, diagnoses, and outcomes of horses presented for colic to a referral hospital in Atlantic Canada (2000-2015). Can Vet J. 2020 Mar;61(3):281-288.

結果としては、疝痛の原因疾患としては、結腸食滞が最も多く(18.4%)、次いで結腸捻転(6.2%)、結腸右背方変位(5.7%)、痙攣疝(4.3%)、大腸炎(4.0%)となっていました。また、症例全体の生存率は69%でしたが、このうち、大腸疾患での生存率は74.6%に上ったのに対して、小腸疾患での生存率は38.5%と顕著に低いことが分かりました。このため、対照群に比較して(病態不特定)、大腸疾患では生存できない確率が二倍以上高く(OR=2.53)、小腸疾患では生存できない確率が七倍以上も高い(OR=7.39)というデータが示されました。このため、疝痛の初診時には、疼痛の強さに関わらず、小腸疾患の有無だけは速やかに鑑別して、外科的治療を要するような難治症例を見逃さないことの重要性が再認識させられたと言えます。

この研究の多因子解析では、死亡率に最も強く影響する要因(オッズ比が最も高い)は、疼痛症状の重篤度となっていました。具体的には、疼痛症状が軽度または認められない場合に比較して、中程度の疼痛では生存できない確率が二倍以上高く(OR=2.25)、重度の疼痛では生存できない確率が十倍近く高い(OR=9.58)ことが分かりました。このため、疝痛の原因疾患のタイプに関わらず、疼痛症状が重篤な症例では、死亡率が顕著に悪くなる事を考慮して、遅延なくアグレッシブな内科治療を実施したり、開腹術の適応を早期判断することの重要性を再確認するデータが示されたと言えます。ただ、疼痛の強さを客観的に定量する基準は多様性があり、痛みへの我慢強さ等の気性や性格によって個体差が大きいと推測されるため、各症例の品種や年齢などを鑑みて判断する必要があります。更に、鎮痛作用のある薬剤投与の有無によっても、臨床兆候の有意性の解釈に留意することが大切だと考えられます(バナミンが二回以上投与されている馬では、間欠的に軽く前掻きするだけでも、手術を要するレベルの疼痛がある可能性もある等)。

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この研究の多因子解析では、年齢の高い個体ほど、疝痛での死亡率が有意に高いことが示され、年齢が一歳上がるごとに生存できない確率が5%高くなっていました(OR=1.05)。つまり、五歳と二十歳の馬を比較した場合(年齢差が15歳)、後者のほうが、生存できない確率が二倍以上も高くなる(1.05の15乗は2.08)ことになります。この理由としては、若齢馬のほうが消化器病態の治癒能力が高かったこと、若齢馬ほど痛みへの許容性が低く疼痛症状を明瞭に示した結果、疝痛の早期発見や早期治療に繋がったこと、高齢馬のほうが難治性の絞扼性小腸疾患が多いこと(有茎性脂肪腫など)、および、高齢馬の中には、経済的要因から開腹術などの高額治療を選択しなかった可能性もあること、等が挙げられました。

この研究の多因子解析では、二次診療施設への搬入時における疝痛の経過時間が、死亡率と正または負の相関を示していました。具体的には、経過時間が0〜12時間であった場合に比較して、12〜36時間の場合には、死亡率が三倍近くも高い(OR=2.87)ことが分かり、これは、開腹術を要するような外科的疝痛において、手術適応および搬入の判断が遅れると、予後不良になり易かったためと推測されます。また、経過時間が0〜12時間であった場合に比べて、36時間以上であった場合には、死亡率が五割ほど高くなる(OR=1.52)というデータが示されました(統計的な有意差は無し)。この理由としては、36時間待ってから搬入した方が予後が良くなる(12〜36時間の場合に比べて)、という解釈ではなく、便秘疝などの漸増性の軽度疼痛を示した症例では、現場での初期治療への反応性を見てから搬入するケースが多くなり、その時点での経過時間は長くなったものの、疝痛自体の治癒率は高かったためと考えられました。加えて、経過時間が12〜36時間の症例群には、絞扼性疾患などの疼痛の強い疝痛馬も含まれており(痛みが強いため開腹術適応が早期に判断されたが、予後は芳しくなかった等)、これらを比較対象としてデータ解析した結果、経過時間が36時間の症例群のほうが、死亡率がやや低い傾向が示された可能性もあります。

この研究の単因子解析では、内科的治療のみ実施された馬に比較して、外科的治療(開腹術)が適応された馬では、生存できない確率が四倍近く高い(OR=3.81)ことが分かりました。しかし、この要因は、多因子解析では有意性が無かったことから、他の因子とのあいだに統計的な相互作用が存在したことになります(小腸疾患や重度疼痛の症例ほど外科的治療となる割合が多かった等)。つまり、開腹術を選択すること自体が、疝痛馬の死亡率を上げた訳ではなく、開腹術を要するほどの重度疝痛ほど、生存できないケースが多くなったためと考えられました。なお、この研究では、搬入前に一次診療の獣医師が診察していなかった場合や、搬入が夜間になってしまった場合では、死亡率はやや高い傾向にあったものの(OR=1.32または1.50)、統計学的に有意な影響は無かったことも示されていました。このため、掛かり付けの獣医が来れずに二次病院に直接運び込んだり、たとえ真夜中でも躊躇せず二次病院に搬入したことによって、生存を果たした疝痛馬もいたのかもしれません。

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この研究の単因子解析では、幾つかの臨床所見が疝痛の予後判定指標となることが示され、これには、初診時の心拍数、呼吸数、行動様式、腸蠕動音などが含まれました。このうち、正常な行動様式であった場合に比較して、抑鬱状態や興奮状態では、生存できない確率が五倍以上も高くなっていました(OR=5.46または7.92)。また、幾つかの血液検査所見も疝痛の予後判定指標となっており、これには、ヘマトクリット値(PCV値)、乳酸濃度、血糖値などが含まれました。このうち、PCV値は、1単位あがるごとに、生存できない確率が約一割高くなっており(1単位あたりのOR=1.10)、例として、PCV値が40%から60%に上がると、死亡率は七倍近く高いと推測されます(1.10の20乗は6.73)。なお、これらの臨床/血液所見は、多因子解析では有意性は無かったことから、単一の項目だけで予後判定をするのは適切ではなく、複数の項目を総括的に指標とすることで、より信頼性の高い判断が下せると考察されています。

この研究の単因子解析では、血液の他に、腹水の乳酸濃度や蛋白濃度も、有用な予後判定指標であることが示されました。このうち、乳酸濃度では、同じ1単位(mmol/L)の上昇であっても、生存率を下げる度合いは、腹水の乳酸濃度(1単位あたりのOR=1.30)に比べて、血液の乳酸濃度(1単位あたりのOR=1.70)のほうが大きい傾向にありました。一方で、蛋白濃度では、同じ1単位(g/L)の上昇であっても、生存率を下げる度合いは、血液の蛋白濃度(1単位あたりのOR=1.01)に比較して、腹水の蛋白濃度(1単位あたりのOR=1.30)のほうが大きくなっていました。このため、血液と腹水では、数値の増減度合いを、異なる基準で解釈するべきと言えます。また、初診時に迅速に予後判定する際には、血液サンプルでは乳酸濃度を測って(遠心分離せずに測定可)、腹水サンプルでは蛋白濃度を測る(一滴しか採取できなくても測定可)という方針が有益なのかもしれません。

この研究では、調査対象となった症例馬のうち、最も多い品種はスタンダードブレッド(28.8%)、次いでクォーターホース(15.5%)となっており、サラブレッドは全体の9.8%に留まっていました。また、性別は、牝馬が47.9%、騸馬が36.9%、牡馬が15.2%となっており、年齢の中央値は7.7歳でした。このため、品種や年齢分布が異なる地域や産業領域では、この研究の知見と異なる傾向が見られる可能性もあることに留意する必要がありそうです。

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