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疝痛の獣医療での地域差:デンマーク

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馬の疝痛では、各地域で飼養されている馬の品種や年齢、用途、飼養形態などの要因に起因して、発症状況や医療ケアの方針に関して地域差が生まれると考えられます。そして、どの要因が、どのような地域差に繋がるのかを知ることで、海外の知見を日本での馬の獣医療に応用する際に、どのエビデンスを重視するか、または、重視するべきではないのかを推測するのに役立つと言えます。

ここでは、北欧のデンマークにおける、馬の疝痛の獣医療に関する知見を紹介します。この研究では、デンマークのコペンハーゲン大学の獣医病院において、2000〜2009年にかけて、疝痛の診断および治療のために搬入された1,588頭の症例馬(一歳以上)における医療記録の回顧的解析が行われました。

参考文献:
Christophersen MT, Dupont N, Berg-Sorensen KS, Konnerup C, Pihl TH, Andersen PH. Short-term survival and mortality rates in a retrospective study of colic in 1588 Danish horses. Acta Vet Scand. 2014 Apr 8;56(1):20.

結果としては、疝痛馬の全体としての生存率は68%でしたが、内科的治療が実施された馬の生存率は87%に上っていました。一方で、外科的治療(開腹術)が必要だと判断された馬(全体の約三割)のうち、術前に安楽殺が選択された馬は32%で、術中に安楽殺または斃死となった馬は27%に及んでいました。そして、開腹術から覚醒した馬では、短期生存率は75%となっており(退院した馬の割合)、術後の入院期間中に安楽殺または死亡した馬は25%でした。

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この研究では、疝痛馬の医療ケアのクォリティは、生存率の高さのみで判断するべきではないと提唱されており、その根拠として、安楽殺を選択する際には多くの要因が影響しており、そのバイアスによって生存率の数値が上下することが挙げられています。そして、その要因には、安楽殺に対する考え方の相違や、疝痛の重篤度、開腹術の適応基準、消化器病態のタイプなどが含まれると考察されています。

この研究では、安楽殺の選択について考察されています。一般論としては、デンマークの馬主や飼養管理者において、馬の苦痛を最小限にすることを優先することが多いという傾向を指摘しており、このため、一定レベル以上の手術成功率が予測できなければ、安楽殺を選択するケースが多かったと考察されています。一方で、例えば中東地域等での疝痛治療においては、馬が生存する機会を最大限にすることを重要視することが多いため、手術成功率がゼロまたは極度に低くない限りは、出来うる全ての治療を実施しようとする文化があるとも指摘されています。一般的には、ホースマンとして、馬の苦しみを減らすことを優先すべきか、それとも、馬に生き延びるチャンスを与えるのを重視すべきかは、個々人の生死感に左右されるうえ、道徳観や倫理観に強く影響されるものであり、どちらが絶対的に正しいと決めることは難しいのかもしれません。

この研究では、疝痛の開腹術における生存率は42%でしたが(術前や術中の死亡例を含む)、これを他の知見[1-5]と比較してみると、米国の報告では44%、ドイツの報告では49%、オランダの報告では54%、カナダの報告では60%、および、南アフリカの報告では66%となっていました(症例数が>300頭の報告)。この要因としては、症例全体に占める外科的疝痛の割合が多様であることが挙げられており(症例全体の20〜70%と様々)、術中の死亡例の割合もかなり大きな偏差が見られました(開腹術全体の21〜35%と様々)。二次診療施設への搬入馬のうち、開腹術となる馬が多くなる理由としては、一次診療での予後判定や症例選択が的確に実施されて、病態が深刻な重度疝痛の割合が多くなったという可能性がある一方で、各診療施設で、開腹術に踏み切る基準の厳密さが一定ではなかった、という要素も挙げられています。

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さらに、外科的疝痛の中でも、原因病態のタイプによって生存率は多様であり、過去の知見[6]でも、開腹術での生存率は、小腸疾患(60%)と結腸疾患(73%)で大差が無い(盲腸疾患では37%)という報告がある一方で、他の知見[7]では、大腸疾患の生存率(74%)に比べて、小腸疾患のそれは顕著に低い(37%)という報告もあります。そして、一般的に予後が悪いことの多い小腸疾患の割合は、年齢に比例するとも言われていますが、各馬の品種や用途にも左右されることが知られています。このように、予後不良になり易い特定病態の割合によっては、症例群全体での治療成績の悪さ(もしくは開腹術後の生存率の低さ)が、個々の馬の死亡率と常に相関する訳では無いため、過去の文献を解釈するときの難しさに繋がっていると言えるでしょう。

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関連記事:
・疝痛の獣医療での地域差:ケニア
・疝痛の獣医療での地域差:イスラエル
・疝痛の獣医療での地域差:カナダ

参考文献:
[1] Reeves MJ, Gay JM, Hilbert BJ, Morris RS: Association of age, sex and breed factors in acute equine colic - A retrospective study of 320 cases admitted to a veterinary teaching hospital in the U.S.A. Prev Vet Med. 1989, 7:149–160.
[2] Johnson A, Keller H: Results of treatments of 1,431 colic horses with special regard to 285 surgically treated horses from 1990 to 1997 at the Clinic for horses, General surgery and Radiology of the Freie Universitat Berlin. Pferdeheilkunde. 2005, 21:427–438.
[3] van der Linden MA, Laffont CM, Sloet van Oldruitenborgh-Oosterbaan MM. Prognosis in equine medical and surgical colic. J Vet Intern Med. 2003 May-Jun;17(3):343-8.
[4] Abutarbush SM, Carmalt JL, Shoemaker RW. Causes of gastrointestinal colic in horses in western Canada: 604 cases (1992 to 2002). Can Vet J. 2005 Sep;46(9):800-5.
[5] Voigt A, Saulez MN, Donnellan CM, Gummow B. Causes of gastrointestinal colic at an equine referral hospital in South Africa (1998-2007). J S Afr Vet Assoc. 2009 Sep;80(3):192-8.
[6] Mair TS, Smith LJ. Survival and complication rates in 300 horses undergoing surgical treatment of colic. Part 2: Short-term complications. Equine Vet J. 2005 Jul;37(4):303-9.
[7] Sutton GA, Ertzman-Ginsburg R, Steinman A, Milgram J. Initial investigation of mortality rates and prognostic indicators in horses with colic in Israel: a retrospective study. Equine Vet J. 2009 May;41(5):482-6.
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