馬の病気:腹鋸筋断裂
馬の運動器病 - 2013年09月05日 (木)

腹鋸筋断裂(Serratus ventralis muscle rupture)について。
腹鋸筋は頚部および胸部(Serratus ventralis cervicis and thoracis)の二つの区画から構成され、頚部腹鋸筋は第三~第七頚椎(Third to seventh cervical vetebrae)に起始し、胸部腹鋸筋は第一~第八肋骨(First to eighth rib)に起始し、ともに肩甲骨の内側面(Medial surface of scapula)に結合することで、胸郭を左右の肩甲骨のあいだに吊り下げる役目(Suspension of thorax between scapula)を担っています。また、歩行時や走行時には、前肢挙上時に頚部腹鋸筋は肩甲骨を前方に伸展させる機能を果たし、胸部腹鋸筋は蹄着地時に肩甲骨を後方に牽引することで、馬体の推進力を作り出す機能を果たしています(馬には鎖骨が無いため)。
腹鋸筋の断裂は、馬が背中から後方に転倒して鬐甲(Withers)を地面に打ち付けるなど、胸部背側方向からの重度の圧迫(Excessive compressive force from dorsal direction)を起こす外傷に起因すると考えられています。腹鋸筋断裂の症状としては、胸部の支持機能消失によって、鬐甲が左右の肩甲骨の隙間に落ち込む所見(Dropped withers between scapula)が認められ、肩甲骨の背側端(Dorsal boarder of scapula)および臀部(Croup)が鬐甲よりも上方に位置すること観察されます。
腹鋸筋断裂の診断は、視診と触診で下されることが一般的ですが、鬐甲部の圧迫によって疼痛反応(Pain response)を示す所見で、神経器疾患に由来する腹鋸筋麻痺との鑑別診断(Differential diagnosis)を要する場合もあります。羅患馬は、前肢の踏み幅を狭めるように起立(Standing with forelimb close together)することが多く、常歩時には前肢および頚部の強直(Stiffed forelimbs and neck)と、歩幅を狭めた歩様が認められます。腹鋸筋断裂が疑われる症例では、レントゲン検査(Radiography)によって肩甲骨の骨折(Scapular fracture)や、胸椎の背側棘突起骨折(Dorsal spinous process fracture)等の合併症の有無を確認します。
腹鋸筋断裂の治療では、吊起帯支持(Sling support)によって胸部を吊り上げた状態で、30~45日間の馬房休養(Stall rest)を行うことが推奨されており、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与が併用される場合もあります。しかし、長期休養によって腹鋸筋の回復が見られた症例においても、鬐甲が肩甲骨端よりも落ち込んだ状態は完治しないことが殆どで、競走や競技への復帰の可能性は低いことが報告されています。
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