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英国の競走馬での突然死の危険因子

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一般的に、突然死(サドンデス)とは、健康な生活を営んでいた個体が急に死亡する現象を指します。幸いにも、ヒトでも動物でも、極めて稀な事象ではありますが、治療は間に合わないため、如何に未然に防ぐかが鍵となります。このため、馬の突然死においても、その病因の特定、および、発生に寄与する危険因子を解明して、突然死の予防を図ることが重要になってきます。

ここでは、サラブレッド競走馬における突然死の危険因子を調査した知見を紹介します。この研究では、英国で2000〜2007年に行なわれたサラブレッド競走において、突然死が起こった201回の出走、および、705,712回の対照出走とのあいだでデータを比較して、オッズ比(OR)の算出による危険因子の解析が実施されました。なお、突然死とは、見た目が健康な個体が、競走中または競走直後に転倒・死亡して、致死的な整形外科疾患を起こしていなかった事例と定義されました。

参考文献:
Lyle CH, Blissitt KJ, Kennedy RN, Mc Gorum BC, Newton JR, Parkin TD, Stirk A, Boden LA. Risk factors for race-associated sudden death in Thoroughbred racehorses in the UK (2000-2007). Equine Vet J. 2012 Jul;44(4):459-65.

結果としては、多因子回帰解析のデータを見ると、平地レースに比較して、障害レースでは、突然死する確率が二倍以上も高い(OR=2.18)ことが示されました。また、夏季のレースでは、他の季節と比べ、突然死する確率が約八割増える(OR=1.77)ことも分かりました。さらに、年齢が一歳増すごと、および、競走距離が1km伸びるごとに、突然死する確率が約三割増える(OR=1.29/1.28)というデータも示されました。加えて、直近60日間での出走が一回多いごとに、突然死する確率が約二割減る(OR=0.83)という現象も確認されました(レース間隔が空き過ぎると、突然死のリスクが上がる可能性がある)。なお、回帰解析によるROC曲線下面積は0.81に達しており、統計的には比較的に良好な鑑別能が示されたと考察されています。

この研究では、単因子回帰解析のデータを見ると、競走馬の突然死に関する危険因子として、レース距離の増加(OR=1.54)または減少(OR=1.48)、朝から昼に発走する場合(OR=1.33)(夕方に発走する場合に比べて)、芝馬場でのレース(OR=3.51)(全天候型馬場に比べて)、重量が63.5kg以上の場合(OR=6.08)などが挙げられました。これらは何れも、多因子解析では有意性が無くなっており、他因子との相互作用が存在した場合も考えられますが、特定の群のサンプル数が十分に多ければ、突然死の有意な危険因子になった可能性もあると推測されます。

以上の結果から、幾つかの馬やレースに関する要因が、突然死の発生に関与している可能性があることが示唆されました。ただ、このデータは慎重に解釈する必要があるという警鐘が鳴らされています。何故なら、これらの潜在的な危険因子は、突然死に特異的に関連している訳ではなく、過去の文献においては、突然死以外の死因でも危険因子となり得ることが示されているからです。このため、これらの因子を排除すれば突然死が減らせるという結論付けは早計であり、突然死の病因である不整脈、肺出血、血管破裂と関連があると推測される因子に関して、各々の因果関係を精査していくことで、始めて突然死の発症メカニズムの解明と、発症率の減少に繋がる対策が取れるようになると考察されています。

この研究では、突然死の35%(70/201頭)がレース後に起こっていることから、死因病態の発現はレース後半にかけて生じると推測されており、レース距離の増加によって突然死のリスクが上昇(レース距離1kmごとのOR=1.30)することに繋がっていると考察されています。その一方で、突然死の原因として致死的肺出血が挙げられているにも関わらず、類似病態である運動誘発性肺出血(EIPH)は、レース距離が短いほうが発症しやすいという知見もあります。このような相反する現象が見られた理由は結論付けられていませんが、突然死を起こすような致死的肺出血には、EIPHの病因である壁内圧上昇(↑毛細血管内圧+↓肺胞内圧、短距離レースほど高くなる)の他にも、重度の代謝系混乱による不整脈や、血液の電解質・酸塩基平衡の異常に起因する致死的心室細動などが関与した可能性もあると考察されています。

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この研究では、競走馬の突然死を予防できるという仮説に関して、心肺脈管系の線維化症が突然死の発生に関与しているという点を挙げています。たとえば、心筋組織の線維化症は、不整脈や心室細動を引き金になることが知られており、これらの疾患の実験動物モデルとして用いられています。しかし、馬の心筋においては、線維化と不整脈の関係はまだ不明であり、線維化が加齢に伴って増加するか否かも今後の調査を要すると提唱されています。一方、動脈壁の線維化については、致死的な動脈破裂の病因でなりうる点を指摘しており、妊娠牝馬の周産期における子宮動脈破裂に関与していることが知られています。ただ、馬の突然死に関する過去の文献では、心外脈管の破裂は、腹腔内で発生することが多いと言われており、破裂箇所の動脈壁に病理学的異常所見は無かった、という知見も紹介されています。

この研究では、夏に突然死が多い理由として、発汗による電解質不均衡や酸塩基平衡異常が、致死的な不整脈の発症に繋がったと考察しています。つまり、このような血液性状の異常を、レース前やレース直後に検知することで、適宜な補液療法を施して、突然死のリスクを減退できる可能性があるのかもしれません。一方で、他の文献では、競走馬のEIPHは春季に好発するという知見もあり、突然死やその一因である肺出血の発症における季節性に関しては、今後の更なる検討を要すると提唱されています(鼻出血を伴わないオカルト肺出血の診断手法なども含めて)。

この研究では、直近60日間の出走回数が少ないほど、突然死のリスクが上昇するという傾向が認められており、その理由としては、コンスタントに競走に供出できている馬ほど、心肺能力が健常で、致死的な心肺疾患を起こしにくかったと推測されています。一方で、運動誘発性の高血圧は、不整脈や動脈破裂の発症に寄与するという知見も示されており、このような相反性の根拠については、明確には結論付けられていませんでした。このため、長期的なトレーニング不足と、短期的なコンディション不良のうち、どちらが突然死への関与が大きく、また、それらをどう評価して、突然死の危険因子として予防措置に生かしていくかは、追加研究による精査を要すると考えられました。過去の文献でも、直近二ヶ月の出走回数の少なさが、平地レースでの死亡率低下と相関していたという知見がある反面、直近一年間の出走回数の多さが、競走馬の致死的事故の発生率を下げたという報告もなされています。

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