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競走馬の致死的心不全での危険因子

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一般的に、突然死(サドンデス)とは、健康な生活を営んでいた個体が急に死亡する現象を指します。幸いにも、ヒトでも動物でも、極めて稀な事象ではありますが、治療は間に合わないため、如何に未然に防ぐかが鍵となります。このため、馬の突然死においても、その病因の特定、および、発生に寄与する危険因子を解明して、突然死の予防を図ることが重要になってきます。

ここでは、サラブレッド競走馬の突然死の中でも、突発的な心不全による死亡(SCD: Sudden cardiac death)における危険因子を調査した知見を紹介します。この研究では、豪州で2007~2021年にかけて、競走または調教にてSCDで起こした57頭のサラブレッド競走馬と、他の致死的故障(OFI: Other fatal injury)を起こした188頭における、剖検と医療記録の回顧的解析、および、オッズ比(OR)の算出による危険因子の解析が行なわれました。

参考文献:
Nath L, Stent A, Elliott A, La Gerche A, Franklin S. Risk Factors for Exercise-Associated Sudden Cardiac Death in Thoroughbred Racehorses. Animals (Basel). 2022 May 18;12(10):1297.

結果としては、調教中と競走中の発生頭数を比較した場合、SCD群のうち調教中に発生したのは74%(42/57頭)に上ったのに対して、OFI群のうち調教中に発生したのは44%(82/188頭)に留まっていました。このため、調教時にはSCDが起こるリスクが二倍以上も高い(OR=2.53)ことが示されました。一般的に、競走馬の突然死は、一万回の出走ごとに1〜3件起こることが知られており、サラブレッドの平地競走での死亡事例の13〜25%を占めると言われています。そして、SCDは突然死の重要な一要因であると考えられますが、今回の研究では、SCDの七割以上が、レースではなく調教中に発生していることから、馬体への運動負荷の強さとSCDには、直接的な関連は少ないと考察されています。過去の文献では、重篤な不整脈の発現には、血中の二酸化炭素分圧や乳酸濃度が影響しているという知見や、上部気道疾患による換気不全が関与しているという報告もあります。このため、今後の研究では、レース後半の疲労による血液異常や呼吸器疾患の存在が、致死的な不整脈の発生およびSCD発症に寄与しているかを調査する必要があると考察されています。

この研究では、SCDの相対的発生頻度および生存曲線のいずれも、三歳で最大となり(40%以上)、五歳以上では顕著に低下する傾向が認められました。このため、単因子解析では、患馬の年齢が一歳増すごとに、SCD発症の確率が三割以上も低くなっていました(OR=0.76)。これに関連して、多因子解析では、生涯での出走回数が一回増えるごとに、SCDを発症する確率が4%減少する(OR=0.96)という結果が示されました。このため、競走馬のSCDは、長年の調教やレース参加による、心臓への疲労蓄積が原因というよりも、発症素因を持った個体が、競走馬としてのキャリア初期に起こす病態であると推測されています。

ヒトの医療では、SCDは比較的に若いスポーツ選手(35歳未満)に起こることが知られており、その殆どで、遺伝性または後天性の心疾患が存在すると言われています。これには、肥大型心筋症、および、催不整脈性右室心筋症などが含まれ、このような発症素因を未然に見つけるため、心電図や心エコー検査によって、先天性チャネロパシー、QT延長症候群、カテコールアミン誘発性多形性心室性頻拍、ブルガダ症候群(突発性心室細動を生じる心疾患)、冠状動脈奇形などの診断が試みられています。ただ、馬の不整脈に関する他の文献では、致死的不整脈と年齢が正の相関を示すという知見もあり、加齢による房室結節のリモデリングや、心筋組織の線維化が病因として挙げられています。今後の研究では、競走馬においても、加齢や調教による先天性/後天性心疾患の発症に関して、より詳細な調査を進めて、予防に繋がる知見を深めていく必要があると考察されています。

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この研究では、性別や血統がSCD発症に関与している傾向が認められました。性別で言えば、騸馬よりも牡馬のほうがSCDを発症する確率が約1/3に低下する(OR=0.37)ことが分かりました(騸馬と牝馬は有意差無し)。また、血統に関しては、父親が南半球起源の種牡馬であった場合に比べて、北半球起源の種牡馬であった場合には、SCDを発症する確率が約3/4に低下する(OR=0.76)というデータも示されました。後者に関しては、父馬の起源とSCD発症の因果関係を示唆する先行研究はなく、今回の研究でも、その理由については、明確には結論付けられていませんでした。

ヒト医療の分野では、女性よりも男性のスポーツ選手のほうが、2〜5倍もSCDを起こしやすいことが知られており、この理由としては、女子スポーツのほうが、運動強度が低く、心筋組織の異常も起こりにくいためと仮説されています。このため、ヒトと馬では、性別とSCDの関連性においては、相反するデータが示されたとも言えます。ただ、今回の研究において、牝馬よりも牡馬の方がSCDのリスクが大きいという結果は、OFIと比較した場合の相対的リスクであるという点に留意する必要があります。このため、体格や筋力の秀でた牡馬のレースでは、牝馬よりも致死的運動器疾患(OFIの主要因)の発生率が高くなり、見かけ上は、未去勢のオス馬のほうが、SCD発症の確率が低いという結果が示された可能性があると考えられます。

幸いにも、競走馬での突然死は、発生率が0.02%程度と低く、極めて稀な事象であると言えますが、このことが、スクリーニング検査を難しくしていると言えます。なぜなら、サラブレッドという品種の気性を鑑みると、心電図や心エコーで、レース前の全頭検査を行なうことは現実的ではなく、検査者の安全や、馬が暴れることで正確な検査所見を得る難しさ、そして、費用対効果の問題も出てきます。更に、たとえ、致死的な心疾患を未然に発見できる検査法が確立されたとしても、有病率が非常に低い病態であることから(一万頭に数頭)、どんなに高い特異度(致死的心疾患を持っていない馬が検査に陰性となる確率)を持つ検査法であっても、多数の偽陽性の馬が出てしまい(=陽性的中率が低くなる)、検査陽性の馬にレース回避させることの妥当性に疑問符がつく、という問題も生まれてくると推測されます。

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