北米の競走馬に起こった突然死での危険因子
話題 - 2023年03月18日 (土)

一般的に、突然死(サドンデス)とは、健康な生活を営んでいた個体が急に死亡する現象を指します。幸いにも、ヒトでも動物でも、極めて稀な事象ではありますが、治療は間に合わないため、如何に未然に防ぐかが鍵となります。このため、馬の突然死においても、その病因の特定、および、発生に寄与する危険因子を解明して、突然死の予防を図ることが重要になってきます。
ここでは、北米の競走馬に起こった突然死における危険因子を解析した知見を紹介します。この研究では、米国とカナダにおいて、2009〜2021年に実施された4,198,073回の平地レースの出走(延べ284,387頭)にて発症した、536頭のサラブレッド競走馬の突然死に関して、医療記録の回顧的解析、および、オッズ比(OR)の算出による危険因子の評価が行なわれました。
参考文献:
Bennet ED, Parkin TDH. Fifteen risk factors associated with sudden death in Thoroughbred racehorses in North America (2009-2021). J Am Vet Med Assoc. 2022 Oct 20;260(15):1956-1962.
結果としては、サラブレッド競走馬の突然死は、千回の出走あたり0.13件という発生率であり、幸いにも、極めて稀な事象であることが再確認されました。一方、多因子解析では、生涯レース距離が10km増すごとに、突然死する確率が8%減少する(OR=0.92)ことが分かり、また、直近30日間の出走数が一回増すごとに、突然死する確率が14%減少する(OR=0.86)というデータが示されました。これらの結果は、生涯レース距離の長い個体ほど、心肺機能の成熟と強靭さがあったこと、および、直近時期にコンスタントな出走を果たしていた馬ほど、安定したコンディションを維持していて、これらの要因が突然死のリスクを下げていたと推測されます。ただ、過去の文献では、生涯でのレース距離が長い競走馬ほど、突然死の発生率が上がるという知見もあります(Lyle et al. EVJ. 2012;44:459)。今後の研究では、レースと調教での走行距離を両方含めたり、平地と障害のレースを違い分けするなどして、生涯を通した運動総量と突然死の因果関係について、より細かく精査する必要があると言えそうです。
この研究では、当該レースまでの成績を見たときに、過去の勝利数が一回多いごとに、突然死する確率が5%高くなる(OR=1.05)という結果が示されました。また、単因子解析では、症例馬の年齢が一歳増すごとに、突然死する確率が約二割も高くなる(OR=1.2)ことも分かりました。更に、故障歴の無い馬に比べて、直近一ヶ月間に獣医師の診察を受けていた馬では、突然死する確率が約三割も高くなる(OR=1.31)ことも分かりました。これらの結果は、突然死の一因である致死的な肺出血や不整脈は、加齢や既往症による心血管系への微細損傷の蓄積が素因となっており、また、それらに起因する前駆症状が診察歴に現れていた、という仮説が成り立つのかもしれません。勿論、勝利数や年齢が、馬体の経年変化と相関するか否かは、個々の馬の体力や遺伝的素因、レース間の休養度合いによって多様であると考えられます。このため、単純に、特定の指標を突然死の原因と見なすのではなく、突然死の病因が無いかの身体検査をいつ行なうのが妥当かという、発症予防の指針を検討する目安として活用するのが好ましいと言えそうです。

この研究では、当該レース前にフロセミドが投与されていた馬では、未投与の馬に比較して、突然死する確率が約六割も高くなる(OR=1.62)ことが分かりました。一般的に、フロセミド投与は、給水制限と並んで、運動誘発性肺出血(EIPH)の予防措置と考えられており(北米の競馬では九割以上の投与率)、更に、競走パフォーマンスを向上させるという知見もあります(Hinchcliff et al. JVIM. 2015;29:743)。その一方で、利尿剤であるフロセミドは、血流量と肺脈管圧を減少させることで、EIPHの重篤度を抑えますが、電解質(Na, K, Cl)が尿中に損失することで、体液性状の不均衡をもたらす危険性は否定できません(Carlson et al. EVJ suppl. 1999;31:370)。ヒト医療では、電解質異常に起因する不整脈から突然死に至ることが知られており、馬においても、利尿剤の投与と突然死の因果関係について、早急な科学的調査や研究を要する、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、ダートや芝の馬場に比べて、合成素材の馬場では、突然死する確率が約3/4まで下がる(OR=0.75)という傾向が見られました(P値は0.07で統計的な有意性は無し)。過去の文献でも、合成素材の馬場では、致死的な運動器疾患の発生率を下げるという知見も示されています(Georgopoulos et al. JAVMA. 2016;249:931)。また、この研究では、牝馬や騸馬に比べて、牡馬の方が突然死する確率が約四割も高い(OR=1.39)ことも分かりました。これには、牡馬の体格の大きさ(=接地時衝撃の高さ)、および、気性の荒さ(=興奮しやすい個体では血圧の高さに繋がる可能性あり)が関与しているケースが考えられますが、今回の論文内では、性別と突然死の関連性が生まれた理由について、明瞭には結論付けられていませんでした。
この論文で最も印象的なデータは、突然死の危険因子を明らかにするため、延べ420万頭という膨大な数の競走データを集めて、それを解析した努力であると言えます。この辺りは、とても敬意を覚える姿勢ではないかと思います。
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