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疝痛馬を曳き馬するときの注意点

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一般的に、疝痛とは、消化器の病気によって、馬が腹痛を呈している様子を指します(厳密には症病名ではなく症状名)。もともと、馬という動物は、胃腸の病気に弱いという特徴があり、死因の第一位は疝痛だと言われています。幸いにも、疝痛の約六割は、獣医師の治療を要することなく、ホースマンが正しく対処すれば治癒することが知られており、その際には、曳き馬での常歩運動、マズル装着による絶食などが行なわれます。

ホースマンの中には、疝痛を起こした馬を曳き運動するときに、どれくらい歩かせれば良いのか?という疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、疝痛馬の保存療法として行なわれる曳き馬に関して、その実施法や注意点について解説した記事を紹介します。

参考資料:
Christine Barakat, Melinda Freckleton. Do you have to walk a colicky horse? EQUUS, Topics: Nov21, 2022.
Walking a Colicking Horse. SmartPak, Ask the Vet, Barn Skills: Jun23, 2016.
David Ramey. The Walking and Colic Thing. Colic, General Information, Medicine: Mar7, 2016.



曳き馬で疝痛が治る理由

まず大事なことは、どんなに軽い疝痛症状であっても、必ず獣医師に連絡を取って、正しい対処法の指導をしてもらうという点になります。初期対応を誤ると、早期治療が必要なケースも見逃してしまう場合もあるからです。また、バナミンなどの鎮痛作用を持つクスリは、疝痛の症状を覆い隠してしまい、病態悪化の判断を難しくするリスクがあるので、必ず獣医師の指示に従って投与するようにしましょう。

次に重要なことは、曳き馬は疝痛の特効薬ではなく、疝痛馬の助けになることもあれば、逆に、曳き馬することで病気を悪化させてしまう事もある、という点です。言い換えると、全ての疝痛馬を曳き運動させる必要は無いですし、曳き馬をしてはいけない場合もあり得ます。

そして、疝痛馬を曳き馬することに関して、万能な基準を一つ決めることは出来ないことから、常にケースバイケースで、各ホースマンが自分で考えて判断する能力を持っておくが大切です。そのためには、曳き馬をするとナゼ疝痛が治るのか?という理由を理解しておく必要があります。これには、下記のような幾つかの理由があります。

理由①:曳き運動で馬体が揺らされることで、停滞していた消化管の内容物が、下流に移動するのが物理的に助けられるため。

理由②:運動させることで心拍数が上がり、心拍出量が増えると、消化管への血液流入量も増加して、腸蠕動が刺激されるため。

理由③:馬体の揺れによって、一箇所に溜まっていた腸内ガスが分散されて、痛みが和らぐと同時に、ガスが下流に押し流されることで、放屁で排出するのを促進させるため。

理由④:結腸の食滞において、腸蠕動が過剰になり過ぎて、副交感神経の異常亢進から、調律不整に陥っている場合には(俗にいう痙攣疝)、曳き運動による交感神経刺激から、副交感神経亢進が相対的に抑えられて、腸蠕動の度合いやリズムが正しく制御されるため。

理由⑤:一部の変位疝では、結腸が上方(背側)に移動して、脾臓や腎臓からの圧迫を受けて通過障害を起こすため、曳き馬で体躯が左右に揺れることで、その結腸が腹底部に重力で沈下してきて、正常どおりの内容物の移送を回復できるため。

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曳き馬をする必要がない疝痛

実は、軽症の疝痛は、たとえ何もしなくても、時間が経てば治ることも多いと言われています。例えば、疝痛馬がエサを食べずに、静かに駐立または寝そべっている状況であれば、腹痛の度合いは軽いと推測されます。ですので、そのような場合には、馬房からエサや水桶を除去して、静かに経過を観察することが推奨されています。そして、前掻きや膁部見返りなど、痛みが進行したことを示す症状が見られ始めたら、そこから曳き馬運動を開始しても良いと考えられます。

つまり、疝痛がとても軽い場合には、曳き馬をせずに、静かに経過を見守るだけで問題がないケースもあるのです。

ただ、見た目上の疼痛が軽度であっても、単に馬が我慢強いだけだったり、発見された時点で既に衰弱しきっている時には、馬は静かに寝そべっているケースもあります。ですので、もし心拍数が60回/分を越えていたり、全身の発汗や筋振戦を示していれば、速やかに獣医師に連絡することが重要です。馬の心拍数は、聴診器さえあれば、ホースマンでも簡単に腋窩で聴取・カウントできますし、聴診器が無いときでも、馬の目尻に指を当てて、脈拍を数えることでも分かります。

近年では、スマートフォンなどの機器が発達して、写真や動画を送るのも容易になってきました。ですので、もし疝痛馬の対処法を迷ったときには、馬の様子や行動などを撮影して、それを獣医師に送信して見てもらい、適切な対処方針の助言をもらうようにしましよう。

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曳き馬するべきではない疝痛

一方で、痛みが非常に強いときには、曳き馬をするべきではないと考えられます。何故なら、どんなに気性が大人しい馬であっても、重篤な疼痛を感じていると、予想外な行動や(曳き馬の最中にも強引に座り込む等)、アグレッシブな行動を取ることも考えられるからです(頭を振り回したり、ヒトを突き飛ばす等)。その結果、曳き運動をしているハンドラーや、馬自身にも怪我の危険が及んでしまいます。

ここで言う「強い痛み」の症状としては、蹄を地面に叩き付けるように激しく前掻きする、寝そべったり立ち上がったりを絶え間なく繰り返す、ゴロゴロと転げ回る、呻吟声(うめき声)をあげる、などが含まれます。ただ、痛みの表現は個体差が大きいため、その馬が過去に疝痛になったときに取った行動を思い返してみて、現症と比較することも重要です。馬によっては、完全に横臥位に寝そべって目を閉じたり、持続的にフレーメンをしたり、犬座姿勢を取る、などの行動が、強い疼痛に耐えているケースもあるからです。

また、疼痛症状の他にも、病態が重いことを示す臨床徴候もあります。特に、全身の脱水が深刻な場合には、痛みの強弱に関わらず、迅速な補液療法が必要となります。一般的に、馬における脱水の指標としては、首の皮膚をつまみ上げて離したとき、元に戻るのに2秒以上掛かる(皮膚ツマミ試験)、歯肉粘膜を指で押したあと、元通りの桃色に戻るのに3秒以上掛かる(毛細血管再充満時間)、および、口の中が乾燥している、などが含まれます。更に、口腔粘膜が充血や濃紫色を呈する、重度なガス貯留によって腹囲が膨満する、鼻孔から胃内容物が逆流する(腹圧が極度に上がると馬は嘔吐することもある!)、等の症状も、深刻な消化器疾患の徴候であると言えます。

そのような重篤な疝痛症状が出ている馬では、変位疝や腸捻転などの、手術が不可欠な病気が起こっている危険性がありますので、大至急、獣医師に連絡を取って判断を仰ぐことが重要になります。また、便秘疝や風気疝のケースでも、痛みが強くて、しかも痛みに波が無いという場合には、補液や下剤投与などの内科的治療を、速やかに施す必要があるので、直ぐに獣医師に連絡を取るべきと言えます。これらのケースでは、患馬を曳き運動することは、必要な対処を遅らせるだけで、あまり馬のためになりません。むしろ、馬を疲労させてしまうことで、手術をする事になったときに、麻酔下での低血圧や覚醒時のフラつきを誘発させる結果にも繋がりかねません。

つまり、疝痛がとても重い場合には、曳き馬によるマイナスの要素が大きいですので、迅速に医療的なケアを施してあげることに集中するべきなのです。

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疝痛馬を曳き馬する方法と注意点

疝痛馬の様子を見たときに、救急治療を要するほど重篤ではないものの、単に安静にしておくにしては、疼痛症状が明瞭に示されているという状況では、上記の「理由①〜⑤」の効能を期待して、疝痛馬を曳き馬してあげるのが良いと考えられます。具体的には、間欠的に軽い前掻きをしている、膁部を見返る仕草を時々している、座り込んだり立ち上がったりを一定間隔で行なっている、などの症状が認められる際には、曳き馬運動をしてみるのが適切だと判断できるでしょう。

一方で、曳き馬が長時間になると、幾つかのデメリットもあります。もし、曳き馬をやり過ぎて馬が疲れてしまうと、馬房で沈鬱になってしまうため、もし食滞やガス貯留が良化して痛みが減ったとしても、見た目上、それが分かりにくくなってしまいます。また、獣医師が疝痛の検査をするときには、血中の乳酸濃度を測定することで、腸捻転などの深刻な疾患を診断する一助にするのですが、もし曳き運動する時間が長過ぎると、筋活動で生成された乳酸によって血中濃度が上がってしまうので、腸捻転を診断する妨げになってしまうこともあります。

以上も踏まえて、疝痛馬を曳き運動する時には、以下の方法や注意点があります。

方法と注意点①:疝痛馬を曳くときは、ダラダラ歩かせるのではなく、日常的な曳き馬よりも少し早い速度で、ハキハキと常歩させるようにします。ある程度の運動強度が無いと、馬体の揺れや筋活動が充分に得られず、上記の理由①〜⑤の効果が期待できないからです。

方法と注意点②:疝痛馬を曳き馬する時間は、一回あたり15〜30分程度に留め、頻度も一時間あたり一回、多くても二回にしましょう。上述のとおり、曳き馬によって馬が疲労困憊するのは好ましくありませんし、馬体の揺さぶりにより食滞やガス貯留が良化しているのか否かを、短い間隔で確認することも重要だからです。

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方法と注意点③:もし曳き運動によって、疼痛が悪化する場合には、すぐに曳き馬を中止して、馬を馬房に戻しましょう。前述のとおり、腸捻転などの深刻な病気があるケースでは、速やかに医療的なケアを始めるべきですので、無闇に曳き運動を継続するのはマイナス面しかありません。もし、馬が転げ回って怪我をしてしまう程の痛みであれば、馬房内で張り馬にして獣医師の到着を待つのが得策と言えます。

方法と注意点④:曳き馬の最中には、馬の表情や仕草を丁寧に観察するようにしましょう。曳き運動をするに連れて、馬が楽そうな表情をしたり、周囲に注意を払う余裕が出始めるのであれば、曳き馬が効いていると考えられます。また、お腹がゴロゴロ鳴ったり、放屁をするなど、疝痛の良化を示す徴候にも気を配って、出来れば時間等を記録しておきましょう。

方法と注意点⑤:曳き運動の代わりに調馬索をするのは、獣医師に指示された場合のみにしましょう。疝痛の中には、腎脾間捕捉のように調馬索運動が有効な病気もある反面、結腸や盲腸の重度食滞のように、調馬索で馬体を強く振動させると、腸破裂を起こすリスクがあるという病気もあります。ですので、獣医師が直腸検査やエコー検査を行なって、調馬索の要ありと判断された場合のみ実施することが推奨されます。

方法と注意点⑥:疝痛馬を曳き馬するときのハンドラーは、手袋やヘルメットなど、通常どおりの防護装備を身につけることが大切です。どんなに普段は大人しい馬でも、疝痛で激痛を感じると、気性がアグレッシブになったり、パニックに陥ったりして、予想外に荒々しい行動を取るリスクもあるからです。

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疝痛馬を曳き馬するときに重要なこと

疝痛を起こした馬に対しては、曳き運動から医療的ケアまで、何種類もの対処法がありますが、どれがベストで、どの順序で行なうかの決まりはありません。あくまで、個々の馬の病態に応じて、最も効き目があり、必要であると考えられる対処を、遅延なく実施することが大切になってきます。

その意味では、曳き馬をする際にも、ただ漫然と疝痛馬を歩かせるのではなく、馬の顔つきや表情を慎重に観察して、曳き運動に対する馬の反応性を見極めることが、疝痛を治すために重要であると言えるでしょう。

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参考動画:What to do if your horse is colicking (SmartPak)

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