馬の出産についての基礎事項
馬の飼養管理 - 2023年03月20日 (月)

馬の出産シーズンが近づいてきましたが、新生子馬をケアするためのチェックリストは多岐にわたり、出産時やその後に注意すべき点が数多くあります。そして、出産のプロセスにおける正常と異常を理解することは重要であり、新たな生まれてくる子馬に、健康で幸せな人生を始める手助けをするためには必要不可欠であると言えます。
ここでは、馬の出産や新生子馬のケアに関して、基礎的な事項をまとめた知見を紹介します。ただ、この内容は、あくまで概要の解説ですので、実際の母馬や子馬のケアに際しては、獣医師の指導を仰いで、必要な処置を遅延なく取ることが強く推奨されます。
参考資料:
Cornell University College of Veterinary Medicine. Foal Speed Ahead: Caring for the Newborn Horse. Understanding potential problems during your mare’s pregnancy and after the foal’s birth could be the best way to protect them: The Horse, Article, Breeding and Reproduction, Foal Care, Foal Care and Problems, Foaling & Foaling Problems, Mare Care and Problems: Mar5, 2023.
馬の妊娠について
通常、馬の妊娠期間は342日ほどであり、オスの子馬のほうがメスよりも少し長くなります。このうち、320日以前に出産する子馬は早産と見なされ、健康上の問題が生じる可能性がありますが、妊娠期間が360日を超える子馬も、子宮内に長く留まることによる問題を抱えている可能性があります。
母馬が出産する直前に示す兆候には、出産の約2〜4週間前に乳房がミルクで膨らむことや、出産前の1〜4日間にわたって、少量の初乳が分泌される(乳頭の尖端にヤニ状に付着することもある)ことが含まれます。

馬の出産準備について
通常、馬は夜間に出産することが知られています。馬は、自然のなかでは捕食される動物なので、自分たちが最も安全で、周囲の目から遠ざかった時間帯を見つけようとするからだと、コーネル大学のバーバラ・デルヴェスコボ博士は述べています。そして、母馬が人目を忍んで分娩しようとすることは、妊娠期間中の獣医師による検診が、とても重要であることを示しています。つまり、獣医師の検査によって高リスクの妊娠が明らかになった場合には、出産に向けて対応を協議する必要が出てきます。
馬主に出産に立ち会う経験が無かったり、常時監視ができない状況であったり、難産のリスクが高い母馬については、自宅で出産させることは推奨されていません。もし、馬主や管理者が、自宅で出産させることを決めた場合は、獣医師と詳細な計画を立てる必要があります。その場合は、清潔かつ安全で、静かなスペースを確保することが重要です。(注:この記事では、米国において個人の自宅の裏庭などで飼われている状況を指しており、日本では、牧場や乗馬クラブで出産させることは特に問題ありません)

また、一部の母馬は、放牧地で問題なく出産することも可能ですが、一般的には、母馬は馬房内に飼養しておいて、出産の兆候や経過を観察しやすくすることが最善である、と提唱されています。そのための馬房としては、最低でも約4m×4mの広さが求められ、良質の敷料が必要となります。敷料としては、オガは馬体に付着しやすく、子馬が吸い込んでしまう危険性があるため、出産用の馬房にはワラが推奨されています。
馬の出産の経過について
母馬が出産するときには、馬主または飼養管理者は、分娩経過の時間を記録する必要があります。特に初めての出産に立ち会う場合には、感情が絡んで判断が難しくなり、かかった時間が分からなくなることがあるので、全ての事象を書き留めるようにしましょう、とデルヴェスコボ博士は助言しています。
一般的に、馬の出産は3つの段階に分かれます。
第1段階は、最初の子宮収縮から始まります。これは30分から6時間も続くことがあり、母馬には疝痛のような症状が見られます。母馬は、厩舎の中で歩き回ったり、伸びをしたり、発汗したりするかもしれませんが、これらはすべて正常な子宮収縮の兆候だと言えます。

第2段階は、破水が見られて(羊水の袋が破れる現象)、子馬が20〜30分以内に娩出されることになりますが、この時間帯は非常に重要です。なぜなら、馬の胎盤はとても剝がれやすく、それが起こると、子馬は酸素不足となるため、長時間の分娩過程には耐えることが出来ないからです。そして、この段階で問題が発生した場合、極めて迅速に分娩介助をする必要があります。

第3段階では、胎盤の排出が見られますが、これは、子馬の娩出から3時間以内に完了する必要があります。もしそれ以上長く掛かると、母馬に多くの問題を引き起こす胎盤停滞という病気が疑われます。

馬の出産中に起こりうる問題
出産中では、第1段階から第2段階に進展しないことや、第2段階が長引くこと(水が破れてから20分以上経過する)が深刻な問題となります。もし、外陰部から子馬の肢が見えなかったり、または、陣痛が起こらないという場合には、分娩介助をするタイミングだと言えます。
馬主または飼養管理者は、まず最初に、子馬の姿勢が正しいかを確認する必要があります。理想的には、子馬の前肢が最初に現れ、その後に頭が続きます。もし、産道内での子馬の姿勢が大きく失位している場合には、迅速に正しい姿勢に矯正する必要が出てくるからです。

それに併せて、「赤い袋」の症状にも注意を払う必要があります。子馬を取り巻く羊尿膜は、通常は白っぽくて透明ですが、それが赤く見える場合は、胎児を包む袋が早期に破裂して、母馬からの血液や酸素の供給が失われたことを示しています。これを見つけた場合には、速やかに袋を破って子馬を引き出し、窒息しないようにする必要があります。

出産後の処置について
もし子馬の娩出後に、羊膜がまだ子馬の頭部を覆っている場合、娩出から1分以内に取り除く必要があります。正常では、子馬は毎分約60〜80回の呼吸をして、強い心拍を示している筈です。もし、呼吸が確認できなければ、直ちに心肺蘇生する必要があります。この際には、鼻先に張り付いた粘液や物質を取り除くことが重要です(馬は鼻で呼吸する動物であるため)。
適切に呼吸していない子馬は、呼吸停止から心停止に移行するため、用手換気に重点を置くことになります。獣医師に対応してもらえる場合は、気管チューブがありますが、それがない場合には、マウストゥノーズで介助呼吸します。具体的には、子馬を横向きに寝かせて、首を伸ばした姿勢を取らせ、片方の鼻孔を閉じながら、もう片方の鼻孔に息を吹き込み、同時に、子馬の左側のノドの尾側を親指で圧迫して食道を閉鎖しておきます(空気が子馬の胃に入るのを防ぐため)。また、自分の口を使わずに、ポンプとマスクの蘇生システムを使用して、1分あたり10〜20回の呼吸介助を行う必要があります。

子馬が呼吸をしている場合には、心拍数を再確認して、心拍数が60回/分を超えていなければ、約30分の換気後に胸骨圧迫を再実施することができます。具体的には、子馬を平らな床面に寝かせて、胸郭圧迫を行う人は、子馬の脊椎に平行に跪いて、子馬の肩のすぐ尾側に両手を重ねて置いて、1分間に100回の圧迫を掛けるようにします(Foal CPRというアプリを使うと、胸郭圧迫と換気のリズム音を流すことが出来ます)。

新生子馬の健康状態の評価
生まれたばかりの子馬はとても繊細な生き物で、非常に特殊なニーズがあります。新生子馬の評価には、母馬、子馬自身、妊娠に関連する主要な危険因子を特定する必要があります。
母馬の危険因子: 初産、母性行動の不足、病気、出産や子馬の成長異常などの既往歴がある。
子馬の危険因子: 移行免疫の獲得障害、先天性/後天性奇形、異常行動。
妊娠の危険因子: 胎盤炎、双胎妊娠、妊娠期間の異常。
一般的に、正常な子馬の行動を確認するために、「1、2、3」というルールが適用されます。子馬は娩出から1時間以内に立ち上がり、2時間以内に受乳し、3時間以内に胎便を排出するのが正常だと言われています。また、母馬は、娩出の2時間以内に、胎盤を排出している必要があります。そして、オスの子馬は娩出から6時間以内に排尿して、メスの子馬は娩出の10〜12時間以内に排尿する必要があります。
もし、娩出から数時間で子馬が排便しない場合には、胎便停滞が起こっているかもしれません。その臨床徴候には、落ち着きのなさ、尻尾を振り回す、排便しようと何度も力む、などが挙げられます。

子馬の受乳について
子馬は、体温維持のために十分なカロリーを要して、また脱水にもなり易いことから、十分量の母乳を飲むことは、子馬の健康と生存にとって重要なステップになります。正しく母乳を飲んでいることを確認するために、子馬を注意深く観察する必要があります。この際には、単に母馬の内股に顔を付けているだけでなく、子馬の舌が乳頭を堅固に密閉して、積極的に吸引して、乳汁をスムーズに飲み込んでいるのを視認しましょう。一部の子馬は、正常に乳房に吸着することが出来なかったり、嚥下に問題があって、鼻孔から乳汁が逆流することがあります。また、子馬が受乳を終えたら、母馬の乳房が空になっているのを触知するのも重要です。
また、子馬の臍帯の処置も、出産後の管理において重要な要素の一つです。出産後に一定時間が経過しても臍帯が自然に切れない場合には、緩やかに捻じることで、用手で切り離しても構いませんが、出血を避けるため、鋭利に切断するのは禁忌とされています。その後、抗菌作用のある消毒剤で、臍帯の断端を処理して、最初の数日間は、細菌感染、臍ヘルニア、および、その他の問題が起きていないかを監視するようにします。
もし、子馬に元気がなく、立ち上がろうとしない、受乳しない、周囲を探索する好奇心を持たない、などの症状が見られる場合には、すぐに精密検査する必要があります。子馬の中には、立ち上がることに興味があるが立てないケースもあり、この場合、四肢に物理的な問題があるかもしれません。一例としては、肢端の腱拘縮が挙げられ、速やかに獣医師に検査してもらうことが大切です。子馬が立ち上がれないと、数時間おきの受乳ができないため、非常に深刻な問題につながる可能性があるからです。

移行免疫について
子馬は、生後6〜12週間までは、自分自身の先天性免疫系が構築されていないため、母親から受け取る抗体に頼って病原体から保護されています。この移行免疫は、出産直後に出る初乳を飲むことで獲得されます。このため、初乳中の免疫グロブリンの割合を知るために、屈折計を使用して初乳の品質を確認する必要があります。この計測値は、30%以上が優れており、20%以下では不十分だと言われています。
また、前述のように、子馬が生後すぐに受乳できるように配慮することも大切です。そして、移行免疫が行われたことを確認するために、獣医師は生後24時間以内に、子馬の血液サンプルを採取して免疫グロブリン(IgG)の量を評価します。
重要な点は、子馬がIgGを吸収できるのは、生後18〜24時間の間のみである事で、この期間中に、子馬が初乳を受け取ることが非常に重要です。もし、子馬の血中IgGレベルが低いときには、他の母馬から初乳を寄付してもらうことができます。また、子馬が24時間齢を超えてしまった場合には、免疫グロブリンの静脈内投与が選択肢となります。

母性行動について
馬主や飼養管理者は、以下のような臨床徴候から、母性行動の異常を認識することが重要です:子馬との絆がない。新生子馬を恐れている。必要以上に過保護になっている。授乳に消極的になっている。子馬を拒絶している。
また、乳房が空っぽになっていることを、常に確認することが重要であると強調されています。これによって、子馬が定期的に受乳できているか、および、受乳の機会を得られているか否かが分かります。
そして、獣医師が子馬を検査しに来たときには、身体検査を行い、IgGのレベルを確認し、ビタミンEやセレンの注射を行うことがあり、また、母馬と胎盤をチェックして、千切れた胎盤組織が、母馬の子宮内に残っていないことを確認します。
新生子馬において、最も一般的で命にかかわる病気は、以下のとおりです:新生子馬敗血症、早産、肋骨骨折、新生子馬脳症、黄疸性溶血性貧血、胎便停留/閉塞、新生子馬異種赤血球症、膀胱破裂、肺炎、下痢。

子馬の二次診療紹介について
子馬の病気のなかでも、早産、新生子馬敗血症、新生子馬脳症などは、しばしば入院治療が必要になります。その場合、通常、子馬は集中治療室(ICU)に置かれ、点滴による輸液や血圧維持のための薬剤、水分補給、電解質補正、尿カテーテル、胃保護薬、経腸または経静脈内の栄養輸液、免疫保護、酸素供給、介助換気、抗生物質、受乳補助などが必要となる場合があります。
デルヴェスコボ博士によれば、病弱な新生子馬を入院させて世話するのは、かなり大変で高額治療になると述べています。このため、子馬の疾患に対しては、予防と早期治療が成功の鍵となります。このため、母馬からの分娩、出産直後、そして、その後の数週間のあいだに、子馬の健康状態を正しく評価して、問題を早期発見および早期治療することが極めて重要です。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
・馬の難産へのアプローチ
・馬の難産の前兆
・馬の難産の原因と重篤度
・馬の難産での組織的治療
参考動画:Horse giving birth (Arabian Horse Family)