妊娠後期の牝馬での栄養管理
馬の飼養管理 - 2023年03月26日 (日)

春は馬の繁殖シーズンであり、ホースマンや馬の獣医師にとっては、一年で最も忙しい季節だと言えます。しかし、それ以上に大変なのは、出産を控えた母馬であり、子馬を産み落とすという命懸けの作業をサポートするため、適切な栄養管理が大切になってきます。ここでは、分娩間近の妊娠後期における、牝馬の栄養管理について解説した知見を紹介します。
なお、以下の内容は、あくまで概要の解説ですので、詳細な栄養管理の手法については、獣医師の指導を仰いで、適切な管理を遅延なく行なっていくことが推奨されます。
参考資料:
University of Kentucky College of Agriculture, Food, and Environment. Broodmares’ Nutritional Needs During Late Gestation. The Horse, Article, Body Condition, Horse Care, Mare Care, Mare Nutrition, Nutrition: Mar 6, 2023.
妊娠後期の牝馬は、最後の数ヶ月間が胎児の発育、諸組織の成熟、体重増加などが最も活発になる時期であるため、栄養不足に陥らないように、適切に飼養管理をする必要があります。ケンタッキー大学のローリー・ローレンス博士によると、このような胎児の成長は、特に、妊娠期間の最後の二ヶ月間で加速すると述べています。

通常、妊娠牝馬は、自分の体を維持するよりも、胎児に栄養を与えることを優先するため、妊娠中には、健康的な体重を維持することが重要になってきます。カロリー必要量を考慮する際には、妊娠牝馬のボディ・コンディション・スコア(BCS)が安定していることを確認します。このBCSは、1~9までの範囲で、9が肥満で1が削痩を意味しており、妊娠後期にはBCSを5から6の間に維持することを目指します。
殆どの場合、妊娠牝馬のBCSが僅かに高くても問題ありませんが、低いスコアだと、出産後の母馬が、同年に繁殖しようとする時に影響が出る可能性がある、という警鐘が鳴らされています。一般的に、母馬のBCSが適切であれば、肋骨は見えませんが、触知することは可能で、上背部に脂肪がついており、馬体全体としての見た目がふっくらとしているのが理想です。
関連記事:馬のBCSと体重計算法
ローレンス博士は、胎児の成長に必要とされる適切な飼料を摂取することは、妊娠牝馬にとっても重要であると述べています。そして、これを実現するため、胎児と母馬は、体内の蓄えと摂取飼料の両方を活用していきます。このため、理想的な飼養管理がなされていれば、妊娠牝馬は十分な給餌量を受け取り、自分の体内の蓄えを維持しつつ、摂取した飼料の中から、胎児への栄養を供給することが可能となります。
妊娠後期の母馬では、自発的な食欲に基づいた摂食量は、馬体の必要性と共には増加しない傾向にあります。このため、妊娠牝馬に十分なカロリー量を摂取してもらうためには、一回当たりの給餌量を増やすだけでなく、給餌回数を増やすことが重要だとされています。つまり、妊娠牝馬は、自分自身と胎児への栄養要求量を満たすために、ほぼ一日中エサを食むことになります。
また、飼料の質も非常に重要であり、特に、どのように粗飼料と濃厚飼料をミックスするかを判断するため、それぞれの妊娠牝馬を、個別に評価されることが推奨されています。ローレンス博士によれば、妊娠牝馬を毎日評価して、飼料を増減させる場合もありますが、少なくとも週に一度は、妊娠牝馬の状態をチェックするのを日課にすべきだと提唱されています。

前述のように、妊娠牝馬の体調を維持するためには、十分な濃厚飼料を与える必要があります。その給餌量は、与える穀物の種類、および、蛋白質の含有量によって異なります。もし、1.8kg以上の濃厚飼料を給餌する場合には、複数回に分けて与えることが重要です。また、蛋白質を多く与えると、余分な蛋白質を排泄することになる事も認識すべきだと言えます。
一般的には、適切な蛋白質とミネラルを含んでおり、妊娠牝馬用に配合された濃縮飼料を選択することが推奨されます。また、濃縮飼料の給餌量は、乾草の給餌量や種類に応じて調整しましょう。例えば、チモシーを与える場合、より高蛋白質の濃縮飼料が必要ですが、蛋白質を16〜18%も含むアルファルファを与える場合には、より低蛋白質の濃縮飼料を与えることができます。一方、粗飼料だけでBCSを維持している妊娠牝馬では、ミネラルの濃縮源である配合ペレットを給餌することを検討します。さらに、妊娠中の母馬は、銅、亜鉛、カルシウム、リン、および、他の微量元素を、馬体維持に必要量で摂取することも重要です。
そして、妊娠後期の母馬に対しては、常に十分な飲水と岩塩を用意することも推奨されています。動物は通常、塩分摂取を自己調整しますが、微量ミネラルの必要性に気付きにくいとローレンス博士は述べています。また、出産後の母馬が授乳を始めると、飲水量が急激に増加することに留意する必要があります。

さらに、繁殖馬を群れで飼っている場合は、妊娠している牝馬が、群れの序列でどの位置になっているかを監視するのが大切です。妊娠牝馬は、最初のうちは、他の馬たちと競争して、自分の飼料を守るかもしれませんが、出産日が近づくにつれて、エサを食べる速度が遅くなり、より地位が上にいる牝馬が、その母馬の分を横取りしてしまうという危険性があります。このため、妊娠牝馬の体重評価を定期的に行なって、削痩していないかを確認することが大切です。
近年の研究によると、飼料摂取量が不足しても過剰であっても、繁殖牝馬に対して悪影響を及ぼすことが示されています。特に、体重の軽い妊娠牝馬では、それによって妊娠期間が長くなります。つまり、オーブンの温度を下げれば、ケーキを焼くのに時間が掛かるのと同じだ、とローレンス博士は説明しています。
獣医師や栄養士は、「脂肪が多い」または高い体脂肪指数(BCS)を推奨していませんが、母馬が授乳を開始する時期に備えて、馬体に少し余裕を持たせておくのも利点になります。妊娠中、殆どの母馬は、一日あたり体重の2%の飼料が必要になります(例えば、体重が545kgの馬は、11kgの濃厚飼料や乾草が必要です)。出産後、授乳によって増加する必要かリリー量を充足させるため、母馬に必要とされる総摂食量が増加します(もし、質の低い~中程度の乾草を与える場合は、カロリー量のバラつきに応じて計画を立てましょう)。

さらに、妊娠牝馬の出産日に近づくにつれて、給餌量を徐々に移行するように、馬主や飼養管理者に指導することも大事です。具体的には、急激に飼料を増やすことなく、7〜14日間かけて徐々に増やすことが推奨されており、可能な限り、同じ種類の乾草を与え続けますが、変更する必要がある場合は、出産の7〜10日前から変更するようにします。妊娠牝馬の自発的な摂食量は増えていきますが、出産前後の数日間で、母馬の胃腸に負担を掛けないように注意する必要がある、という警鐘も鳴らされています。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
参考動画:Webinar: Feeding Broodmares (Kentucky Equine Research)