馬の跛行を傾斜地で見る
馬の飼養管理 - 2023年04月03日 (月)

跛行(Lameness)は、最も頻繁に起こる馬の健康問題であることが知られています。しかし、馬の歩様をチェックするときには、地面の平坦さを考慮することが大切です。なぜなら、ほんの僅かな傾斜があっただけでも、馬体の動き方や、跛行の見え方が変化してしまうからです。
参考資料:
Christa Leste-Lassiter, MA. Study: Even Slight Slopes Can Affect Lameness Exams in Horses. The Horse, Topics, Diagnosing Lameness, Injuries & Lameness, Sports Medicine: Dec7, 2022.
英国のノッティンガム大学の獣医スポーツ学の助教授であるジェイムズ・ベイリー博士によると、傾斜が馬の歩様に影響するということは、平坦な場所以外では跛行検査が出来ないという事ではなく、その影響の仕方を理解することが重要であると述べられています。また、僅かな傾斜であれば、むしろ跛行を見やすくしてくれることもある、と言われています。
ベイリー博士の研究では、非常に少ない傾斜地であっても、それを上るときと下るときでは、とても大きな変化を生み出すことが分かっています。このため、どこから馬を見ているかによっては、正しく歩様を評価していると思い込むのは好ましくない、という警鐘が鳴らされています。

特に、後肢跛行の症例において、片側性の筋萎縮を伴っている場合には、傾斜のある場所で歩様を観察していると、観察者から遠ざかっていく時と、近づいてくる時で、跛行している肢が入れ替わって見えることさえあります。つまり、馬の歩様に対する傾斜の影響に関して、影響の度合いや仕方を整理しておかなければ、多くの歩様異常を見逃してしまうと予測されるのです。
ベイリー博士のグループは、下記の研究のなかで、10頭の前肢跛行の馬と、7頭の後肢跛行の馬を用いて、平坦な地面、または、2.4度の傾斜のある地面での歩様を、慣性運動センサーを使って解析しました。これらの馬は、全て軽度な自然発生の跛行であり(5段階グレードで1〜2)、センサーは馬体の五箇所に設置されました(鬐甲、頭頂、仙骨、左右腰角)。
結果としては、後肢跛行の馬では、平坦地と比べて、傾斜地を上るときに、歩様の左右非対称性が50%ほど増加することが分かりました。一方で、平坦地と比べて、傾斜地を下るときには、歩様の左右非対称性が約1/4まで減少することも示されました。なお、前肢跛行の馬では、同様な傾向は認められませんでしたが、馬によっては、傾斜の上り下りで、反応性が有意に異なる個体も見られたと言われています。

ベイリー博士によれば、平坦地と傾斜地で跛行の動き(歩様の左右非対称性)が変化した要因は、前肢と後肢の差異だけでなく、跛行の原因疾患の違いに起因すると推測されています。このため、今後の研究では、サンプル数を増やして、異なる運動器疾患を患った跛行馬を用いることで、歩様に対する傾斜の影響を、より詳細に評価する必要があると考察されています。
この研究の結果から、平坦地での歩様検査では、跛行を評価するためのスタンダードな動きが提供されるというメリットがありますが、傾斜地では、跛行を理解する有用なフィードバックが得られるという利点が考えられます。理想的には、跛行検査をする際に、表面の硬さが等しい平坦地と傾斜地で歩様を比較するのが有益だと言えますが、常にそれが可能だとは考えられません。このため、理想的で無い検査場所においては、個々の場所の利点と欠点を理解しておくことが大切だと提唱されています。
もう一つ、ベイリー博士が提案しているのは、馬の歩様を真正面と真後ろから観察するときに、観察する立ち位置を入れ替えて、両方の方向から馬の動きを観察することになります。たとえ、傾斜が強くないと思われる場所でも、立ち位置を変えて見ることで、歩様異常の見え方が異なることもあるからです。この方針は、特に購入前検査などのように、非常に軽度の歩様異常の存在を見極める際に重要だと述べられています。

また、傾斜が歩様に影響することは、ホースマンが軽度の跛行に気付くためにも有用だと言えます。もし、騎乗エリアの中に、坂路を上り下りするような場所があるのであれば、普段から、そこを速歩で上り下りするのが有用です。何故なら、ある日突然、傾斜を上るときに歩様不整を感じたり、速歩から常歩に落とそうとする仕草を示すのであれば、後肢の痛みや違和感に対する初期徴候である可能性があるからです。
このように、傾斜地をうまく活用して、馬の僅かな歩様異常を発見できれば、その時点で獣医師の精密検査を受けることで、運動器疾患の早期発見・早期治療に繋げていくことになり、馬の福祉の向上にも役立つと言えるでしょう。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
・馬場馬に野外騎乗をさせることの利点
・馬の疼痛エソグラムの有用性
・つまずく馬は要注意
・馬の跛行グレードの改正
参考文献:
Bailey J, Redpath A, Hallowell G, Bowen M. An objective study into the effects of an incline on naturally occurring lameness in horses. Vet Med Sci. 2022 Nov;8(6):2390-2395.