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馬の蹄踵痛における診断麻酔の複雑さ

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馬の蹄踵痛は、舟状骨症候群などによって引き起こされ、乗用馬の前肢における慢性跛行のうち、約1/3を占めるとも言われています。しかし、蹄踵に痛みがあることを確定するために実施される診断麻酔では、神経ブロックと滑膜ブロックへの反応性が多様であることから、この部位の疼痛を限局化するのは難易度が高いことが知られています。

ここでは、馬の蹄踵痛に対する複数の診断麻酔における、反応性や関連性を評価した知見を紹介します。この研究では、前肢の蹄跛行を呈した23頭の症例馬を用いて、慣性運動センサーで客観的な歩様評価を行ないながら、掌側指神経麻酔、遠軸神経麻酔、蹄関節麻酔、舟嚢麻酔による陽性反応(センサーで70%以上の歩様改善が見られた場合)の割合が調査されました。

参考文献:
Katrinaki V, Estrada RJ, Mählmann K, Kolokythas P, Lischer CJ. Objective evaluation for analgesia of the distal interphalangeal joint, the navicular bursa and perineural analgesia in horses with naturally occurring forelimb lameness localised to the foot. Equine Vet J. 2023 Mar;55(2):253-260.

一般的には、掌側指神経麻酔で歩様の改善を示した症例では、蹄踵に疼痛があると推測されるため、蹄関節麻酔では歩様は改善せず、舟嚢麻酔では歩様改善すると考えられます。しかし、掌側指神経麻酔で歩様改善した馬のうち、蹄関節麻酔でも歩様改善してしまった馬は43.8%に及んだことが分かり、その一方で、舟嚢麻酔で歩様が改善してくれた馬は75.0%に留まっていました(いずれの滑膜麻酔も注射の10分後)。このため、掌側指神経麻酔で跛行が良化しただけで、蹄踵痛の確定診断を下すのは、信頼性が高くないと考えられました。

このような現象が見られた理由としては、①掌側指神経麻酔の手技のミスで、無痛化の領域が、蹄踵だけでなく蹄尖にも及んでいた、②蹄踵に疼痛があっても、舟嚢内に注入した麻酔薬で無痛化できないエリアがあった、および、③蹄関節内に注入した麻酔薬が、掌側に浸潤して、蹄踵の疼痛をも無痛化してしまった、などが考えられました。今回は、神経ブロックの際に、X線の造影剤は併用されていないため、①は除外できないと言えます。また、MRIでの蹄踵の軟部組織の画像診断も不実施であるため、②を推測するのも難しいと言えそうです。

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この研究では、掌側指神経麻酔で歩様改善した馬のうち、蹄関節麻酔での歩様改善が見られた馬の割合を、注射から2分後、5分後、10分後に分けて見てみると、それぞれ、18.8%、37.5%、43.8%となっていました。つまり、時間が経つに連れて、蹄関節から掌側へと麻酔薬が徐々に浸潤して、無痛化されてしまうエリアが蹄尖から蹄踵へと拡大している、という現象が見て取れます。言い換えると、前述の③が起こった可能性が示唆されます。このため、蹄関節麻酔をした際には、注射後の2〜10分間に掛けて、跛行が漸減するか否かを見極めることで、予測された蹄尖の疼痛が無痛化された場合と(真の陽性反応)、誤って蹄踵の疼痛が無痛化されてしまった場合(偽陽性)とを鑑別できると考えられました。

この研究では、掌側指神経麻酔で歩様改善した馬のうち、舟嚢麻酔での歩様改善が見られた馬の割合を、注射から2分後、5分後、10分後に分けて見てみると、それぞれ、66.7%、75.0%、75.0%となっていました。つまり、時間が経っても、舟嚢から周囲組織への麻酔薬の浸潤はあまり起こらず、無痛化されるエリアは拡大しないことが見て取れます。言い換えると、②を排除するため、注射から時間を置いてみるのは、あまり有益ではないと推測できます。

一般的に言って、掌側指神経麻酔で歩様改善せずに、その後の遠軸神経麻酔にて歩様が改善した症例では、蹄尖に疼痛があると推測されるため、蹄関節麻酔では歩様改善して、舟嚢麻酔では歩様は改善しないと考えられます。しかし、遠軸神経麻酔で歩様改善した馬のうち、蹄関節麻酔で歩様改善してくれた馬は33.3%に過ぎないことが分かり、一方、舟嚢麻酔で歩様が改善してしまった馬は57.1%に達していました(いずれの滑膜麻酔も注射の10分後)。このため、遠軸神経麻酔で跛行が良化しただけで、蹄尖痛があるという確定診断を下すのは、信頼性が高くないと考えられました。

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この現象の理由としては、④ 掌側指神経麻酔の手技のミスで、蹄踵の無痛化が不完全であった、⑤蹄尖部に疼痛はあるものの、それが蹄関節麻酔の作用が及ばないエリアであった、⑥冠関節や腱鞘など、繋ぎの構造物に疼痛があった、⑦ 舟嚢内に注入した麻酔薬が、背側に浸潤して、蹄尖の疼痛をも無痛化してしまった、などが考えられました。

この研究では、遠軸神経麻酔で歩様改善した馬のうち、蹄関節麻酔での歩様改善が見られた馬の割合を、注射から2分後、5分後、10分後に分けて見てみると、それぞれ、50.0%、42.9%、33.3%となっていました。これは、掌側指神経麻酔で歩様改善した馬の割合で言えば、50%→57.1%→66.7%となります。つまり、時間が経つに連れて、蹄関節麻酔による無痛化エリアが蹄踵へと拡大している、という現象が再確認されたと言えます(前述の③)。

この研究では、遠軸神経麻酔で歩様改善した馬のうち、舟嚢麻酔での歩様改善が見られた馬の割合を、注射から2分後、5分後、10分後に分けて見てみると、それぞれ、71.4%、42.9%、57.1%となっていました。これは、掌側指神経麻酔で歩様改善した馬の割合で言えば、28.6%→57.1%→42.9%となります。つまり、時間が経つにつれて、舟嚢麻酔による無痛化エリアが背側へと徐々に拡大している、という傾向にあると言えます。

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以上の結果から、掌側指神経麻酔や遠軸神経麻酔では、無痛化される領域が不安定な側面があり、蹄関節および舟嚢に起因する痛みを限局化するには信頼性が低いと結論付けられています。そして、蹄関節や舟嚢への滑膜麻酔を併用することで、疼痛の原因疾患をより正確に特定できると考察されています。ただ、神経ブロックに比べて、滑膜麻酔は侵襲性や医原性感染のリスクが高く、無鎮静で穿刺する難しさもあるため、全ての蹄跛行の症例馬に対して、ルーチンで実施すべきか否かは、賛否両論があるのかもしれません。

馬の解剖学的には、蹄関節の底部にある不対靭帯の付随する神経や、舟状骨の側副靭帯の背側縁/掌側縁を走行している神経線維は、蹄関節内に注射された麻酔薬で無痛化されると推測されます。この研究では、蹄関節へ注入された麻酔薬の量は5mLでしたが、一次疾患によって関節液が増量していた場合、麻酔薬の注射後に関節内圧が上がり、周囲組織への麻酔薬の浸潤や、近接する神経組織への麻酔作用が左右される可能性はあると考えられます。

この研究では、舟嚢に比べて、蹄関節のほうが、滑膜麻酔の作用が周囲に拡大する度合いが大きく、診断麻酔の偽陽性に繋がりやすいことが示されています。このため、注射から10分以内に歩様改善を評価することで、蹄関節内の病変に対する特異性は増すものの、無痛化の度合いは多様になってしまうため、一長一短があると言えそうです。理想的には、蹄関節麻酔においては、注射の2〜10分後までに、何度も歩様を評価するのが好ましいのかもしれません。過去の文献でも、蹄関節麻酔による歩様改善は、5分以内に認められるという知見もあれば(Dyson et al. EVJ. 1991;23:128)、20分以上を要するという報告もあります(Schumacher et al. EVJ. 2003;35:502)。

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