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馬の理学療法での指針と手法

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馬の健康問題のうち、実に八割を占めているのが運動器疾患であり、その治療のためには、クスリの投与や手術など、様々な内科的および外科的療法が適応されています。一方で、運動器機能の回復や維持を目的として、物理的手段を用いる手法もあり、一般的に「理学療法(Physical Therapy)」と呼ばれています。ここでは、馬の運動器疾患に対する理学療法に関して、その基本的な指針や手法を解説した記事を紹介します。

参考資料:
Shelly Thomas, MPT, MBA, CERP. Physical Therapy for Your Horse: Discover how therapeutic exercise programs can help keep horses feeling their best. The Horse, Articles, Horse Care, Sports Medicine: Dec21, 2022.



馬の理学療法の4つの基本指針

一般的に、理学療法と聞くと、どこかのジムに通って、療法士に指導されながら、リハビリ運動や柔軟体操、氷冷などをして、体の張りや痛みを取り除くことをイメージするかもしれません。しかし、馬に応用される理学療法では、怪我からの回復を助け、馬体の動きを向上させて、競技・競走能力を最大限に高めることを目的としています。

馬の理学療法での一つ目の指針は、馬体の可動域を取り戻すことであり、個々の運動器病の診断によって、対策が異なってきます。このため、獣医師の診察と理学療法師のケアを連動させて、一次疾患の正確な診断と治療を行ない、病気の治癒が適切に達成されていることを確認します。また、二つ目の指針は、馬が体躯や四肢を、その最大の可動域で運動できるように、馬体を動かせる能力を保つことになります。もし、それが出来なければ、馬がまだ跛行している場合が多いため、理学療法に移るよりも、獣医師による治療を優先させることが大切になります。

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そして、三つ目の指針は、馬体の動きを制御する能力を評価および管理することであり、動的な強靭さと安定性を再訓練していくことになります。例えば、体躯の強靭さが不足している馬では、駈歩への移行の際に、頭部を振り回すように挙上させざるを得なくなってしまいます。つまり、見た目上の徴候ではなく、それを起因する問題点を見つけることが重要になってきます。この場合には、駈歩移行を何度もやらせるのではなく、尾を左右に引っ張るトレーニングや、常歩でのキャバレティ通過など、体躯を強くする調教が優先されることになります。

更に、四つ目の指針は、荷重に耐える能力を評価および最適化させることになります。この過程では、実際に騎乗しながら、障害飛越や歩法変換を行なわせて、ライダーの重量を運びながら、高レベルの運動内容を実施するための、馬体の制御能力を鍛えていくことになります。

これらの四つの指針を達成していくためには、治療的な運動メニューをこなしていく事が有益であり、発見された問題点を改善するような運動計画を立てていきます。アイダホ馬病院のケビン・ウォール獣医師によれば、リハビリ運動の主目的は、損傷していた運動器組織を強くして、運動負荷に耐えうる状態まで強化していくことにあります。つまり、正しく理学療法を実施することで、損傷組織に過剰なストレスを掛けることなく、その組織に十分な強靭性と、的確な機能を付与することが出来ると提唱されています。

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馬の理学療法での運動計画の内容

治療的運動の計画を立てる際には、後膝の強靭さや体躯筋群による推進力など、特定の問題を解決することに着目していきます。最終的な目標は、馬体が運動負荷に耐えて、最善の動きを生み出すことにあり、そのための運動計画には、以下のような目的が含まれます。

可動域: 馬が十分に広い領域まで馬体を動かせているか。
認識能力: 馬が固有受容器を働かせて、馬体の位置を正確に認識できているか(特に怪我や損傷を起こしていた組織において)。
動きの制御: 馬体動作の開始、継続、完了を、馬が正しく制御できているか。
強靭さ: 目指す運動をこなすための筋力を馬が持っているか。
持久力: 競技・競走能力を発揮するために必要なスタミナを馬が持っているか。
速度: 競技や競走をこなすための速度においても、馬が安全に動けているか。

優れた運動メニューでは、これらの目的を全て達成する内容が含まれており、進行性に負荷を増加させていくようになっています。つまり、掛ける負荷を徐々に増やしていくことで、運動器組織の生理学的な順応を引き起こし、筋肉量の増加、血管循環の構築、結合組織の強靭化、および、神経伝達の加速化などが達成されることになります。

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ウォール獣医師によると、適切なコンディションを維持できている馬は、怪我をする頻度が明確に少なくなると言われています。しかし、多くの運動メニューでは、優れた運動内容でありながら、そのような運動を馬が疲労するまで続けてしまっている、という警鐘が鳴らされています。馬の怪我の中には、避けられないタイプのものもありますが、実際には、多くの怪我や故障が、馬が疲労して馬体を守り切れなくなった結果として起こっている、と述べられています。



馬の理学療法の手法

馬の理学療法においては、多様な手法を駆使することで、馬体の可動域や認識能力、神経筋連動、および、強靭さを鍛えることが可能となります。獣医師や理学療法師の処方によって、個々の手法がどのように治療効果をもたらすのかが変わってきます。つまり、これらの手法を単純にミックスさせるのではなく、トレーニングや治療計画に加える目的を理解しながら適用していくことが大切なのです。

触知ブレスレット
この手法は、馬の繋ぎに軽いブレスレットを取り付けることで、その揺れや接触による皮膚刺激から、治療肢をより高く挙上させるという効果が期待されます。特に、怪我や故障をしていた馬が、罹患肢を引きずっている場合に有用だと言われています。ただ、ブレスレットによる接触刺激は、短時間で薄れてしまう点に注意する必要があります(私たちが腕時計の接触に慣れてしまうのと同様に)。
(目的:可動域)

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肢端の錘(オモリ)
上述のブレスレットと同様に、馬の肢端に軽い錘(オモリ)を装着させる手法もあります。この場合、馬は、より体躯に近いところにある筋肉を使う必要があるため、特に常歩においては、対象肢の挙上を増すことが可能となります。この手法は、故障が治癒したあとの後膝の強化に有益であると言われていますが、錘の重量が過剰だと、軟部組織の損傷に繋がってしまうことに留意する必要があります。
(目的:可動域、認識能力、強靭さ)

クッション素材のパッドとクサビ
市販されているクッション素材のパッドおよびクサビは、馬体の可動域や認識能力を向上させるのに有益だと言われています。これらのクッションの上に立ち続けることは、姿勢維持のための筋肉を鍛えて、馬体の認識能力を高めるのに役立ちます。また、幾つかのパッドは、断面が三角形のクサビ形をしており、遠位肢の結合組織を軽度にストレッチさせることで、可動域の増加に寄与すると考えられます。
(目的:可動域、認識能力、強靭さ)

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抵抗バンドシステム
この手法は、後肢の尾側面に伸縮性のあるバンドを通して、筋肉が伸縮する際の抵抗を付与することで、体躯や脊椎周囲の筋肉を活発化させるのに役立つと言われています。近年の研究では、このような抵抗バンドシステムを用いることで、胸腰椎の安定性を増強できることが示されており、背中を凹ませて運動する馬において、疼痛や故障リスクを抑える効果が期待されています。
(目的:強靭さ、認識能力)

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地上横木(キャバレティ)
地上横木は、下肢の可動域や強靭さ、認識能力を高めるのに、最も有用な手法の一つです。これらの横木は、地面に置いたり、最大で地上20cmまで持ち上げ、そこを常歩や速歩で通過させるようにします。また、複数の横木を、等間隔や不規則に置いたり、迷路のように並べることもあります。更に、類似の手法としては、低いバウンス障害にして、馬に飛越させることで、強靭さや反応速度を向上する効果が期待されます。
(目的:可動域、認識能力、強靭さ、速度)

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水中トレッドミル
この手法は、水槽の底に設置されたトレッドミル(ヒトのルームランナーのような機械)の上を歩かせるもので、馬は通常のトレッドミルよりも、高く肢を挙上させる必要があるため、可動域の向上に役立ちます。また、水の抵抗に逆らって肢を踏み出すことになるため、筋力とスタミナを付けるという効能も得られます。更に、水の深度によっては、浮力で肢端への荷重が減退されるため、腱や靭帯の疾患を患った馬のリハビリにも有益だと言われています。
(目的:可動域、強靭さ、持久力)

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馬の理学療法において重要なこと

馬の理学療法における治療的運動や、前述のような個々の手法では、料理のレシピのように、常にこれさえ行なえば良いという方法は存在しません。獣医師や理学療法師が、個々の馬の動きや強さ、神経的制御の度合いを評価して、それぞれの馬のニーズに合致した運動メニューをデザインするという必要があり、そうすることで、安全かつ効果的な理学療法が実施できるようになります。

この分野はまだ新しく、専門の機関や団体が提供する情報、ガバナンス、リソースが徐々に増えつつあります。そう考えると、単なる経験則で運動メニューを決めるのではなく、エビデンスに基づいた研究結果に則って、馬ごとに理学療法の内容をオーダーメイドしていくことが大切だと言えるでしょう。

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このエントリーのタグ: 跛行 治療 運動 調教 先端医療

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