馬の文献:離断性骨軟骨炎(Simon et al. 2004)
文献 - 2023年04月21日 (金)

「23頭のスタンダードブレッド競走馬の基節骨近位底軸側に生じた骨軟骨片に対する電気焼烙を用いた関節鏡的摘出術」
Simon O, Laverty S, Boure L, Marcoux M, O Szoke M. Arthroscopic removal of axial osteochondral fragments of the proximoplantar aspect of the proximal phalanx using electrocautery probes in 23 standardbred racehorses. Vet Surg. 2004 Jul-Aug;33(4):422-7.
この症例論文では、馬の離断性骨軟骨炎(OCD)に対する外科的治療の効能を評価するため、1993~1999年にかけて、モントリオール大学の獣医病院において、基節骨の近位底軸側部にOCD骨片を生じた23頭のスタンダードブレッド競走馬(28関節、33骨片)に対して、電気焼烙を用いた関節鏡的な骨片摘出術が実施されました。この術式では、電気焼烙機器を使用するため、リンゲル液の代用として、1.5%グリシン溶液が用いられました。
結果としては、関節鏡による骨片摘出での合併症は認められず、電気焼烙を用いた骨片の摘出は、技術的に簡易で、正確な組織切除が可能であったと報告されています。長期的予後としては、OCD以外の疾患を呈していた四頭を除くと、術後にレース出走を果たした馬は57%(11/19頭)となっていましたが、このうち、術前に既にデビューしていた馬に限れば、術後にレース復帰を果たしたのは88%(7/8頭)に上っていました。一方で、術前にはデビュー前であった馬に限ると、術後に初出走したのは36%(4/11頭)に留まっていましたが、これらのうち約八割は、論文執筆時には資格調教の途中であり、また、残りの約二割の馬も(他用途に転用された)、術後に運動器の問題は無かったとの稟告が得られています。
このため、後肢の基節骨の裏側に生じたOCD骨片に対しては、関節鏡による骨片摘出術によって、良好な病巣治癒と予後が達成され、特に、レース出走のレベルに達していた馬に限れば、術前と同程度のレベルまで競走能力を回復できることが示唆されました。また、術前において、襲歩での歩様異常やプアパフォーマンスの病歴があった馬は、70%(16/23頭)に及んでいましたが、これらのうち、健常歩様に回復したのは94%(15/16頭)で、残りの一頭は、襲歩での歩様不整が残ったものの、術後にレース出走を果たしていたことが報告されています。
この研究では、術前に既にデビューしていた馬に限れば、術後にレース復帰まで要した日数は168日(中央値)であり、術前と術後での総出走数には有意差はありませんでした。しかし、術前と術後におけるパフォーマンス指数には有意差が無かったにも関わらず、1レースあたりの獲得賞金を見ると、術前(7,925ドル)よりも術後(6,110ドル)のほうが少なくなっていました。この要因としては、術前よりも術後における出走レースのクラスが下がった馬が67%(4/6頭)に及んでいたことが挙げられています(術前と術後に五回以上出走していた馬のみが調査対象)。このため、関節鏡の術後には、馬主や調教師がクラスの低いレースを選んで出走させるというバイアスが働いた結果、レースごとの賞金が下がったと推測されています。
この研究では、基節骨の近位底軸側に生じた33個のOCD骨片のうち、内側に生じたのが76%(25/33骨片)に及んでおり、内外側の両方に骨片を生じたケースも18%(5/28関節)の関節に見られました。また、両後肢の球節にOCD骨片を生じたケースも、22%(5/23頭)の馬に認められました。このため、術前のX線検査では、両軸性および両側性の病変が存在しないかを、慎重に画像診断することの重要性が再確認されました。
この研究では、OCD骨片の摘出に際しては、70%(23/33骨片)の骨片は、対軸側アプローチ(カメラと逆の軸側から器具を挿入)が適用され、残りの30%(10/33頭)の骨片は、同軸側アプローチ(カメラと同じ軸側から器具を挿入)が適用されました。筆者の見解としては、いずれの術式でも、骨片の摘出は達成できるものの、骨片が一個のみの場合には、対軸側アプローチのほうが器具の操作が簡易で、骨片を楽に把持できる(器具と病変とのTriangulationが容易になる)と述べられています。このため、関節鏡の施術時には、器具ポータルを開ける前に、関節腔全域をくまなく内診して、病変の数や位置を精査することが重要だと言えます。
この研究では、二頭の症例において、術後に一過性の腓骨神経麻痺の症状が認められました。通常、後肢の基節骨の裏側に生じたOCD骨片では、背臥位で全身麻酔をしながら、球節を伸展させた状態で関節鏡手術を行なうことになりますが、この際、伸ばした後肢を下方へと押し下げると(床に近い位置まで後肢を下げないと関節鏡が挿入できないため)、腓骨神経への過緊張を起こして、術後合併症に繋がるリスクが指摘されています。このため、合併症予防の観点に立てば、後肢全体を伸ばし切った状態に保持するのは好ましくなく、その代わりに、施術時に補助医を一人増やすことで、後肢そのものは自然な屈曲状態にしながら、球節だけを用手で伸展位に保持するという術式が推奨されています(手術時に十分な人手がある場合には)。
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